●ポイント
・楽をすることは、工夫すること
・ただし、質は落としてはならない
きちんと言うと、「質を落とさずに、楽をしようと工夫することは、悪いことではない」となる。そう思うのだが、なぜか「楽している」というだけで咎める人がいるのが、理解できない。人の幸せが許せず、苦労話を美談としたいのか、はたまた彼自信が要領が悪いので、その腹いせなのか。
いかに少ない資源で、最大の効果が得られるか、そのレバレッジを高めてこそが、発展である(あなたの家に電化製品がなければ、反論を認める)。これは人間の成長でも、同じことである。「楽をしようとする」というのは、「無駄な労力を省いていく」ことであり、「シンプル」にしていくことだ。そのためには、同じことの繰返しは定型化するなどのシステムを構築していき、常に工夫しなければならない。
それができたならば、良いことがたくさんでてくる。余った時間で追加のタスクができる、実行ノードが減るのでミスも減る、定型化できたならば時系列で比較でき改善に繋げられる、、、等々。
繰り返すが、「楽しようとする」というのは、「シンプルにする」ということで、悪いことではない。「楽をしようとする」を「サボりたい」と変換する人は、間違いなく質を落としているだろうし、そもそもそんな人は「楽をしようとする」でなく「後回し」にしているだけだ。
私は「楽」を肯定する。(別に誰かに何か言われたわけではなく、前々から思ってたことを書いただけなので、悪しからず)
