那須塩原の女性起業家 -260ページ目

那須塩原の女性起業家

那須塩原市(旧黒磯市)にて34歳で起業。2人の息子を育てながら”スポーツ・フィットネスで心身ともにずっと健康”をテーマに会社経営に邁進、50歳を機に会長に就任。栃木県初の女性専用フィットネスクラブ「ビーライン那須塩原店&2号店」などを15年間経営。

今朝はけっこうな雨の中、日課の2kmジョギング行きました。5:50〜6:30のどこかの時間に走っているのですが、最近はいつも".睡蓮の華コース"です。お散歩中の数名の方と毎日挨拶するので、顔見知りが増えました。

さて、さいきん"うなぎ寿司"にハマっていて、今晩も!
うなぎの栄養と言えば、
ビタミンA、B
DHA
カルシウム
EPA
など。

ビタミンAは抗酸化作用
Bは疲労や貧血にもいい
カルシウム含有量は牛乳より多い
DHAは脳や視力の回復、
また悪玉コレステロールにもいい
EPAは脳卒中や心筋梗塞の予防にもいいとか。

炊きたてご飯を酢飯にして握り
適温に温めたうなぎの蒲焼きを。

美味しかった。
明日も元気に!

朝から昨日のブログアクセス数チェックしていたら、
5年前の今日書いたブログの題目に目が止まりました。

本当、そう。
私もまだまだ子育て中の発展途上。

長男がサッカーをやめる、と言ったときの記事。
あれから5年、大学生になりスポーツからは離れましたが自分のやりたい道へと歩み無事に成長している長男です。

私を親にしてくれてありがとう😊
そんな気持ちであと数年の子育て楽しみます。
次男、ただいま中学1年生。
成長著しい時期になりました。

きのう今日とコロナで先延ばしになっていた打ち合わせなどで東京出張になる可能性があったので、那須でのスケジュールを開けていたのですが、まだちょっとやめておくことになりました。

きのうのランチは友人の事務所で。知り合いの社長さんも偶然お見えになってお腹抱えてたくさん笑い、楽しかった。

今日のランチは...
ずっーと行ってみたかった近所の洋食屋さん。
"小さな洋食屋さん フランシーズナチュール"
さんのテイクアウトを長男と。

もち豚のハンバーグがメインの洋食人気店のようですが、体に優しい素材の味が活きていて、大切にお料理をされているのが伝わるおいしさでした。

私、ハンバーグを作るのは得意な方と思っているのですが、いやいや非になりません^^;
本当に美味しいハンバーグでした。

お店の方もとても感じがよく、素敵。
店構え、店内もハイセンスです。

次回はぜひ、イートイン利用させていただきたいな♪
外観。
テイクアウトのプレートランチ。
ハンバーグのおソースがいろいろ選べます。
パルミジャーノチーズトマトソースにしました。
丁寧でセンスも好き。
カスタードプリン🍮はこちらの紙袋に入れてくださいました。
とっても美味しくいただき、次回間違いなく注文したいプリンでした。
ごちそうさまでした💕

テイクアウトの予約が当日でもいいのもうれしい!

1ヵ月に数日の間なのですが、朝方すごく早く目を覚ましてしまう日があります。原因はホルモンだとわかっています。

"スポーツ選手として経験したことが役に立っている"

というブログが昨日でしたが

実は"カラダの変化の察知能力に優れている"

というのも
スポーツ選手だったからではないかなと思っています。

もっとも、
体をよく動かす=運動習慣のある人は
ご自身のカラダの変化に敏感だと思います。

話しがそれましたが...

今朝はその日で...
4:10に目を覚ましました。お目々はパッチリです!

昨夜から降っていた雨は降っていない様子。
なのにモタモタ用意していて、
いざジョギングに行こうと外へ出たら雨☔️

小雨だったのでたった2kmだし
もちろん行ってきました♪

雨シャワーの中のランて気持ちがよくて好き。
雨のレースを思い出します。

↓ちょうど20年前。
ラストレースとなったロタ島、レース中からのスコールでしたね。
体型変わってない。と思う...
脚が今よりは絞れてますけどね♪

雨のラン。
気になるのは道路を走る車からの目線。

アスリートにも見えないし、
"このおばさん、いったいどうしたんだろう?"

という目で見られているに違いありません。
まったく気にしないけど^_^

私、元をたどれば競泳選手で

大会デビューは幼稚園児の時。

「よ~い!ドン!みんな泳ごう」というテレビ放映された大会でした。

号砲がなっても飛び込まずスタート台の上で泣いていて、

コーチが後方から押して無理やり飛び込んで泳いだそうです。

 

競泳では中学2年の時にロス五輪の最終選考に残りましたが、

残念ながら五輪出場の夢は果たせず、

高校時代にアキレス腱部分断裂を機に挫折を味わいました。

もう成績は振るわずダメなのだとわかっても20歳まではやり続けるということを

あらたな目標に、やりきって引退したのが20歳。

 

そのあと、社会人としてスイミングコーチになり、

2000年シドニー五輪からトライアスロンが正式種目になるということで、

そこを目指してトライアスロンを始めたのが1996年、26歳でした。

99年のアジアカップシリーズ韓国大会で優勝し、五輪選考の一つの条件だったITUポイントランキング50位以内に

奇跡的に急浮上したのですが、やはり五輪の夢は果たせず。

 

五輪への夢は叶いませんでしたが、

競泳とトライアスロンの両競技で日本選手権入賞をしたのは私だけではないかなと思います。

 

夢は破れたのですが、2つの競技をやりきって得たものは計り知れず、

引退後の30歳以降の人生においては、

家庭・育児・経営どれをとっても

”スポーツで培ったもの”が糧になり、

何とか育児も経営もやってこれた気がします。

 

それは支えてくれた周囲のみなさまの助けがあったのはもちろんです。

 

スポーツ選手時代に得たもの

トレーニング、休息・食事・メンタル・睡眠

どれにおいても自分なりに研究し

努力を怠らず

反省の時も人のせいにせず

後ろ向きな発言をせず

目標に向かって

前を向くこと

スポーツ選手としての基本です。

 

34歳で起業し、

15年間歩んだ経営の道のりの中でも

育児、出産、出店と何もかもが大変だった時期も

持ち前の根性が役にたちました。

 

そして、これからは

母親として育児を通して得た経験

15年間の経営の経験

のべ2000人以上の地域女性のフィットネス指導に携わってきた経験

も加わり、

 

さらにパワーアップして

私らしく生きていきたいと思います。

 

あたたかく見守っていただけたらと思います。