読者の皆さま、こんにちは。

 昨今の経済環境は、全世界的に大変なことになっていますね。米国では大手金融機関の破綻や政府介入による多数救済など昔の日本のバブル崩壊に伴う金融機関の連続破綻を思い出させるかのような状況になっています。日本もその影響で、最近若干回復はしてきているようですが、日経平均株価は一時8,000円を割り込む勢いで暴落し、円高ドル安が進行して1ドル100円前後を行ったりきたりしていて、輸出依存型の企業には不安材料が増加しています。

 金融システムや各産業の構造がグローバル化し複雑化した現在、今後どうなるのかを予測することが本当に困難な時代になってきました。

「マイクロマネジメント」今昔

 ところで皆さま、「マイクロマネジメント」という言葉を聞いたことはありますでしょうか。ウィキペディアによると「管理者である上司が部下の業務に強い監督・干渉を行うことで、一般には否定的な意味で用いられる」と書かれており、非常に悪い例として認識されているようです。

 実は私が初めてこの「マイクロマネジメント」という言葉と出会ったのは、10年くらい前に、ある外資系企業でマーケティングの仕事に携わっていた時でした。その時の「マイクロマネジメント」という言葉の意味は、私なりに翻訳すると、「結果として現れる数字だけを見て事象を判断するのでは不十分で、その結果を構成するひとつひとつの要素を把握分析して事象の本質をつかみ、より細かな対策処置を施すこと」となります。

 もっと簡単に言うと、「今月は黒字だったから問題なし!」で済ませるのではなく、「黒字になった要因は、こういったお客様が減ったにもかかわらず、こういったお客様が急増したため、かえって利益率が改善したからだ!」というようにより細かく分析し、「そのようなお客様をさらに増やすためには、おそらくこういうことをするとこういう結果が起きるはずだから、販促費の使い方をこんなふうに変えよう!」とさらに細かく具体的な戦術を考えること、となります。

 私にとっては、部下を神経質に管理し、微にいり細にいりすべからく命令を下す独裁者的なマネジメント手法という印象がなかったため、現在こんな意味で使われていることを知り少し違和感を覚え時代背景を実感するとともに、弊社の管理者層の社員へ乱暴に「マイクロマネジメントをやりなさい」などと指導しなくて良かった、と胸をなでおろしています。

不確実性の時代に求められる能力

 若い人たちには実感がないかもしれませんが、日本古来の(?)マネジメントスタイルはいわゆる「徒弟制」と表現されるもので、上司が部下の一挙手一投足を指導し型にはめて技術を伝承する類のものでした。その指導には、部下に自分をよく観察させて技を盗ませる、あるいはひとつひとつ丁寧に技術を指導してゆくなど、人それぞれのやり方がありましたが、どうも現代の「マイクロマネジメント」は、後者の行き過ぎた形を指した言葉のようですね。このような強い監督・干渉は、匠の技術伝承という領域では合っていたかもしれませんが、ビジネスの世界では根本的な問題点があります。それは上司の指導内容が「過去に自分がやってきて成功したやり方、行動様式」を、時には理屈抜きに指導しようとすることです。

 今ビジネス環境は急激に変化することが前提と捉えられるようになり、いろいろな面でイノベーションが求められるようになりました。現代のビジネスマンに求められている能力は、「決められたことを正確に速くできる(これはこれですばらしい能力には違いありませんが)」ことではなく、「今までに経験したことのないことを、場合によると他の誰ひとり経験のないことを、過去のやり方にとらわれず、リーダーシップを発揮して主体的にやり遂げられる」能力です。つまり、「経験したことのない事象を冷静に分析し、対処方法をいろいろな視点から考え判断し実行し、その途中うまくいっているのかいないのかを、教科書的な正解や基準がないなかで自分なりの判断基準に基づいて常に評価し、問題があると判断した場合には即時に対策を施せる」、そんな人が今、本当に必要とされているのです。

「マイクロ」へのポジティブなこだわり

 では、どうすればこういう人になれるのかというと、これも教科書的な正解はありません。しかし私なりの考え方を書かせていただくとすれば、ひとつには事象を客観的に認識・整理し正しくとらえる技術を身につけること、もうひとつはやみくもに行動を繰り返すことなく、どのようなことをすればどのような結果になるかをよく考え計画的に行動する、いわゆる「仮説立案・実行・検証型」の行動パターンのくせを身につけること、最後に、積極的に新しいことにチャレンジして「未経験の課題」へ立ち向かう恐怖心(自分には無理と思うような気持ち)をなくすこと、この3つが特に重要だと考えます。

 会社のマネジメント層の方々は、どのようにすればスタッフ層の方々をこのような人財に育成できるかを考えチャレンジし、またスタッフ層の方々はこのような技術・行動パターン・心構えを身につけられるように、ひとつひとつの仕事を日々自分の頭を使うことを意識して遂行しなければなりません。

 私が過去に出会った「マイクロマネジメント」という言葉は、まさにこの「事象を客観的に認識・整理し正しく捉える」「仮説立案・実行・検証型の行動パターン」を指しており、決して「上司が部下の行う業務のあらゆる手順を監督し、意志決定の一切を部下に任せない」という独善的な管理手法ではありません。

 行動の細部を規定する「マイクロ」ではなく、事象の細部を正確に把握する「マイクロ」、行動をする前に細部まで考える「マイクロ」にこだわることこそが重要です。是非、管理職の皆さま、スタッフの皆さまも、この正しい?「マイクロマネジメント」を実践してみていただけたらと思います。
 最近、残念ながらビジネス環境で明るい話題が少なく、コラムで取り上げるテーマ探しに苦労しているので、今回は少し私のプライベートな話をさせてもらえればと思います。

学生スポーツに鼓舞されて

 私にとって最近の明るい話題といえば、私が所属していた横浜国立大学体育会アイスホッケー部が、昨年までの「部員不足による廃部の危機」を乗り越え、15年強ぶりに2部リーグに昇格したことです。先日、その快挙を讃えること、現役チームへの金銭的&精神的支援強化を目的として壮行会が催され、私もOBとして参加してきました。ただ逆に、現役の学生たちを勇気づけるどころか、近年のチーム事情、その逆境を乗り越えてリーグ再編による2部昇格という幸運を掴むまでの過程を聞き、逆に私を含めOB側がエネルギーをもらっていたようで、久しぶりに拝見した諸先輩方の生き生きとした表情や活気が忘れられません。

 私は「ひとつの目標を志したメンバーが、厳しい練習や様々な壁を乗り越えて目標を達成する、あるいは自分たちが達成できなかった目標の達成を次の世代の後輩たちに託す」という、卒業までと期間を限定された学生アマチュアスポーツ特有の、少し古臭いノリが大好きです。自分がやっていたアイスホッケー以外にも、著名な箱根駅伝などは、それを見なければ新しい年が始まらないと思うほど毎年欠かさず、伝統の襷を繋げることに必死になる学生たちの姿を見て「彼らに負けないように今年という1年を悔いのない1年にしよう」と、毎年良い刺激をもらっています。

 「大きな壁に真正面から立ち向かっていく姿、それを乗り越えた姿」は、実際に本人たちの大きな自信になることは当然として、周りにいる人たちの心を大きく揺り動かすものだと思います。特にその壁が、大きかったりするとなおさらです。

仕事とスポーツの共通項

 「会社」と「団体競技」は非常に似ています。一般的に言われていることですが、「職業」「仕事」は生活するための糧を稼ぐ手段であるとともに、人生を充実させるための自己実現の手段でもあります。一人でできる仕事もあれば、複数の人が協力して遂行する仕事もあります。ただ完全に一人だけでできる仕事はなく、多かれ少なかれ他の人の力があってこそ実現することばかりです。

 また「仕事」を行ううえでは、会社全体や部署毎、個人毎の目標を立てるわけですが、その目標を達成することで達成感や自分の成長、報酬といった成果を獲得できます。個人毎の目標は自分だけの努力で達成可能ですが、全体としての目標は、決して自分だけでは達成できません。

 ですから、全体の目標が達成できる「強いチーム」「強い会社」というのは、「全体としての目標」を共有し、各個人がその目標達成に向けて自分の責任を果たそうと行動できる組織であり、そういった「強いチーム」「強い会社」はそこにいる人の成長を促進し、充実感に溢れ、またその姿が周りの人たちの心を動かしうる、極言すれば世の中を変えることも出来る存在であるとも思います。

時間制限の効用

 読者の皆様にも学生時代、スポーツに限らずともいわゆる「団体競技」を経験され、共感していただける方もいるのではと思いますが、学生の場合「卒業まで」という期間の制限があることで、1年間という時間がより貴重な時間で、また最上級生になると否が応でも責任が重くのしかかってきます。それゆえに、特に最後の1年間を悔いなく過ごす、上級生の抜けた穴を残された現役でどのように埋めるかという課題に対し、それこそ必死になる必然性が生まれます。

 一方、社会に出てしまうと「卒業」という強制終了がなくなり、ややもすると1年という時間の重みを感じとれなくなってしまったり、自己の成長や目標達成に対する真剣さを忘れてしまいがちになったりします。学生時代とは違い社会人になると、当然のことながら自分のモチベーションは自分でコントロールしなければならないのですが、甘えようと思っていればずっと甘えていられる環境、夢や希望の見出せない社会情勢などによって、自分が昔に抱いていた目標や意欲を見失ってしまうリスクが大きくなります。

学生スポーツ

 私自身も、気付かぬうちに環境に流されてしまわないように、必死な学生たちに触れる機会を出来る限り作っています。とはいっても、学生スポーツ番組を見たり、学生スポーツに関する特集記事を見たり、会社の新卒採用面接で彼らの話を聞いたりというレベルですが。ただ誰かに、「こうすべきだ」とか「こう考えるべきだ」とか言われるよりも、彼らの必死な姿を見て、彼らは何のためにそれほど必死になっているのかを感じとるほうが、よほど心に響きますし、自分も負けていられないと素直に思うことができます。

 最近のニュース番組では、心躍るような機会に出会うことができなくなっていると感じる人は、是非学生の団体競技などに目を向けてみてください。私も今年の秋は、後輩たちの応援に出来る限り駆けつけ、彼らから多くの感動をもらうつもりでいます。
 最近、競争パラダイムの激変を痛感させられる出来事に多数遭遇したため、あらためてこれまでのお客様インタビューを全て読み返してみました。このような形で、いろいろなお客様の考え方や取組みを時系列で整理しなおしてみると、市場の変化や企業の取組みスタンスの変化など、多くのことに気づかされます。

 お客様事例に「ネットマーケティングへの取組み」が多いということもあるのですが、業種業態に関わらず、インターネットを重要なセールス&マーケティングツールとして本気で取り組んでいる企業様がほとんどで、その取組みは場合によると、企業の将来の明暗を分けるところまで来ているのでは、と考えさせられます。

『いつかはクラウン』のパラダイム

 昔、トヨタ自動車についてこんな話を聞いたことがあります。現在の若い人たちは知らないかも知れませんが、トヨタ自動車の昔の有名なCMに『いつかはクラウン』というキャッチコピーがありました。これは、車を保有できる年齢になったら、まずは大衆車のエントリーモデルである「カローラ」を購入し、トヨタの自動車を保有し利用することの価値を実感してもらい、自身の社会的な地位、ライフスタイル、財力の変化(上昇)に伴って「セリカ」「マークII」などの上位車種に買い換えてもらい、いつかは社会的地位も上りつめてトヨタの最高位車種である「クラウン」に乗ってもらうことを目指す、消費者のライフステージにあわせた商品展開と買い手のモチベーション向上という戦略をうまく言い表した、すばらしいコピーだと思います。

終わりなきPDCAサイクル

 このような展開をしていたトヨタ自動車ですが、近年ある問題に気がついたそうです。「若者のトヨタ車保有率が年々低下している(他社に奪われている)」とのことでした。

 エントリーモデルで優良顧客予備軍を集め、満足度の向上と顧客のライフステージにあわせた新たな価値の提案(アップセリング)を重ね、お客様の生涯のお財布の中のトヨタ車のシェアを高めていくというまさにCRM的な戦略において、『若者』という優良顧客予備軍の初期集客不足、あるいは他社へのブランドスイッチ(育成途中での離脱率の上昇)という事態は、当然のことながら極めて大きく重要な課題と認識されました。そこで『若者世代』のシェア奪還をミッションに、「bB」など若者向けの新車種が、今までとは全く異なる手法で開発されたそうです。

 トヨタ自動車様は、弊社のクライアント様ではなく、この話も直接聞いた話ではないのですが、非常に理にかなっており、また「戦略立案⇒実行⇒課題発見⇒対応」サイクルの重要性を理解しやすい話であるため、「私の解釈」という前提でお話させていただいています。

顧客理解という成長の源泉

 こういった「自社の売上を支える顧客層」に着目すると、いろいろな課題発見や仮説立案が可能になります。弊社のお客様にも「ここ数年で主要顧客層が高年齢化している(新たな若者層顧客を獲得できていない)」とか「若者層の購買スタイルの変化についていけていない」などの問題意識から、ネットマーケティング強化を「生き残りをかけた取組み」と位置づけている企業様が少なくありません。

 これからの購買力を担うのは、B2CビジネスにおいてもB2Bビジネスにおいても、モノやサービスを買う(選択する)際、インターネットを高度に活用することができる人たちへ移っていきます。企業は買い手の変化に遅れることなく、自ら積極的に変化していかなければならない局面にきているはずです。私も、次の時代を担う世代の方々の「価値観」「行動様式」の変化に取り残されないように日々洞察し考え続けねば、とあらためて考えさせられました。
 いよいよ日本でもiPhoneが発売開始されましたが、読者の皆様の中にも、すでに手に入れられた方もいらっしゃるのでしょうね。ちなみに私は、残念ながら購入しておりません。アップルが手を組んだのが、王者のNTTドコモではなく挑戦者のソフトバンクモバイルというのも、またアップルらしさが出ているような気がします。ただ海外では複数キャリアがiPhoneを販売している国もあるようですし、NTTドコモの株主総会でも引き続き販売の可能性を検討するとのコメントがあったようですので、今後の動向が気になるところですね。

アップル型イノベーションのバリュープロポジション

 革命的なモノを発表し、大きな影響力を持つのがいつもアップルやGoogle、YouTubeといった海外勢というのは多少気に入りませんが、毎度のことながらアップルの製品開発思想やデザイン性には、いろいろな意味で考えさせられます。彼らが作る製品は、各方面でいわれていることですが、一つ一つの機能がどう優れているかということよりも、どのようなデザインやスタイルだと持っていてかっこいいか、持っていることでライフスタイルがどのように変わるのか、どんなことができるようになるのか、ということの提案を本当に重視しているように感じます。

 古くはiMacの斬新なスケルトンデザインから始まり、最近ではiPod shuffleのクリップ型のデザインとか、iPod touchやiPhoneのタッチパネルの操作性(指を横にスライドさせて写真を検索したり、つまんで開いて画像を拡大させたり)とか、これまでにない操作性を次々と実現させてきました。

VOCの実現方法

 最近重視されてきているVOC(Voice Of Customer)というキーワードへの意識も、日本での捉え方とはちょっと違っているような気がします。あくまでも私見ですが、日本の場合はお客様の生の声一つ一つを忠実に受け止めて出来る限り「その通りに実現させてあげよう」と考える一方、アップルなどは自分たちが本当にターゲットとするお客様の声の集積のなかから本質的に望まれている要素を見つけ出し(例えば「使い勝手」とか)、実現方法についてはこれまで一般的だった方法をやみくもに採用するのではなく、その要素が実現できているかを徹底的に検証した上で、今までを凌駕した新たな実現方法の提案にこだわって、考えているように見えます。だからこそ、他社に真似られるようなモノ、つまり他社が「やられた!」と思うようなモノ、を作れているのだと思います。

 実際iMacが世に出た直後、いろいろなスケルトンデザインのパソコン・周辺機器類が出回っていたのは、記憶に新しいところです。日本人である私としては、本来であればiPodやiPhoneなどは、アップルとほぼ同じ事業展開を行ってきた、ウォークマンの生みの親であるソニーあたりから最初に発売して欲しかったなと感じますが、プレイステーション3やPSPがあるので仕方ないのかなとも思います。

日本発・世界初への期待

 しかしながら、全ての面で海外勢が正しい・優れているとは思いません。iPhoneを例に挙げてみると、確かにデザイン性や操作性、ついでに話題性も手伝って非常に魅力のある製品ですし、すばらしいと思います。ただいざ自分が使うことを想定すると、携帯電話として利用できる時間が短すぎる、バッテリーの取り外し交換が簡単にできない、など携帯電話をヘビーに使うビジネスユーザーには適さない点も多々あり、個人的には買い替えを断念しました。それでも2台目として十分魅力的に映るのは、私だけではないと思いますが。

 現在は、競争相手がどんどんと変わる時代です。携帯電話機メーカーは、これからは、パソコンを単純化・小型化し手のひらに乗せることに成功したアップルとも戦わなければなりません。これから同じような戦略をとってくる他メーカーも出てくることでしょう。

 日本のメーカーには、誇るべき技術力だけでなく、ウォークマンやWiiを開発したすばらしい発想力もあります。彼ら海外勢に負けることなく、世の中が驚くようなすばらしいモノを、是非日本企業からもたくさん発信していって欲しいと思います。
要求の高度化とスピードアップ、過度な期待も

 会計制度面での変化、オフショア開発に代表される価格競争とグローバリゼーションの波、SaaSをはじめとする新しいビジネスモデルの台頭など、新たな変化への対応を迫られる一方で、お客様からの要求も内容の面・スピードの面ともに難易度が高くなってきています。ITとネットワークの普及に伴い、これまで以上にたくさんの企業がIT活用に取組み、その目的もこれまでの業務自動化や簡素化の領域から、アジル経営の実現や競争力強化による売上向上など、より高度な活用を指向されるようになりました。

 従って、これまではどちらかというと「じっくり計画して、確実に」と進められていたシステム構築が、最近では「ライバルとの競争に負けないために、出来る限り早く実現」というモードに変わってきています。さらに企業のITへの依存度は信じられないほど大きくなり、いわゆる「社運を賭けたプロジェクト」が、名実ともにあちらこちらで立ち上げられるようになりました。そのため企業のIT活用に対する期待、ややもすると盲目的なIT信仰がふくらみ、開発するシステムへの要望レベルや開発期間短縮への期待が、加速度的に高まっています。

スキル維持・向上のハードル

 一方でシステム開発の現場では、開発生産性を高めるためのツール類、システム品質を高めるための方法論の改良など、それなりの充実が図られてきてはいるものの、インターネットまわりを中心とした新たなコンセプトや技術、開発言語や製品群などが矢継ぎ早に発表され、オープンソースなどの思想により、世界各国同時進行で情報が公開されバージョンアップも重ねられていきます。そのため、技術や知識を身につけ易くはなっているものの、それらが陳腐化するスピードも速く、広範囲にわたる技術や知識をブラッシュアップし続けることがだんだんと難しくなってきているといえるでしょう。しかしお客様からはITに関するプロであることを期待されるため、それなりの範囲の知識と経験を持ちながら、プロジェクトを共に進めていくための高いコミュニケーション能力と、時には道を見誤ったプロジェクトをもとに戻すリーダーシップと交渉力なども求められます。

 ソフトウェア産業で生き抜くためには、日々高度化・スピードアップするお客様からの要求と、日進月歩で変化するIT動向に対峙し、自ら変化・レベルアップし続けていかなければなりませんが、これは本当に真剣に取り組まないと越えられない、非常に高いハードルです。

ソフトウェア産業を救う夢

 もう一つ大きな課題が、技術者の量的・質的な不足という問題と、彼らのキャリアパスをどう作っていくのかという問題です。日本では「SE35歳定年説」や「4K職場」など、この職種には最近夢のない話題が多いのですが、ソフトウェア開発先進国インドでは、多少のゆらぎはあるものの、全般的に高学歴の若者が将来を夢見て前向きにキャリアアップしているようです。弊社ではまだ行っていませんが、最近では日本人技術者をインドにて研修して、彼らのソフトウェア開発技術に対する姿勢や取組み、働き方を経験させ、日本のどこかどんよりしたこの業界の雰囲気に一喝を入れられる人材を育成しようと試みるケースもあるようです。

 日本のソフトウェア産業が疲弊しているように見えるのは、自分のキャリアアップ後の良いイメージ、夢を描けていないからでしょう。前出のインドや弊社子会社がある中国では、国自体がこれからまだまだ成長の余地を残し、ソフトウェア産業が国家を支える中核産業であると認識されています。従って、彼らが明確に自分のキャリアパスイメージを描けているか実のところはわかりませんが、よりたくさんの経験を積みスキルアップすることに対して、非常に貪欲です。

 一方国自体に閉塞感が漂う日本は、国の成長に頼る訳にはいきません。市場の変化に対応することだけに手一杯にならずに、技術者が燃えることができる何か、この経験の先にどのような人生を開くことができるのかを見つけて共有することが、非常に難しいけれども、日本のソフトウェア産業の将来を二分することのような気がします。