奥ノ谷 里山荒れて 熊爪あと

忍坂奥ノ谷

この辺りまで田畑だったのでしょう

滝谷登山口

こもりくの泊瀬の山青旗の忍坂の山は走出のよろしき山の出立のくはしき山ぞあたらしき山の荒れまく惜しも

渓谷の南の入口に青々と木々を茂らせて、まるで青旗のなびくようにこんもりと尾を引いている。ちょうど、人が谷の奥から走り出てきて、すっくとそこに立ったような、すばらしい山、・・・日ごろ親しい郷土の山への讃嘆を、人の姿態、しかも女人が思う人を待って走り出、出で立つ生活図を反映したかたちでたたえる心情も、じかにわかるような気がする

人が獲らなくなった柿

クマの姿はなかった

大伴皇女は欽明天皇と堅塩媛(蘇我稲目の娘)の皇女で古事記には大伴王と記されています

兄弟には推古天皇、用明天皇がいます

したがって大伴皇女は聖徳太子の叔母さんという事になります

この墳墓は平安時代に書かれた延喜式には「大伴皇女押坂内墓」とされ現在、宮内庁で管理されています 

三方山囲み」の南面する地勢に造られている単独墳で立地からみると終末期古墳の可能性があります

この古墳については実態が全くわからなかったのですが戦前の「磯城」という書物に数行だけですが大伴皇女墓は奥室を持つ古墳として伝承されているとの記事があり興味をそそられます

古代から 栄えた地域 福甸

福甸古墳群

横穴式石室を持つ古墳6基が見つかっている

説明板の北100mほど、皿池の東岸に1号墳の墳丘が見えてます

宮山

皿池

古来キスミノ(来住野)と呼ばれた地域

1号墳

6~7世紀、力を持っていた有力者の墓

羨道の天井石らしき石材が落下していますが、
石室自体は完存しています

直径10m、高さ3mの円墳

紅葉にコスモス、癒されました

のどかな田園地帯

皿池

女池

生々しい クマ爪磨ぎ痕 クマスプレー 

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14:40分下山開始

心地よい竹林

下り始めて10分後、左手の木に傷跡

人為的につけられた傷ではないだろう

16名が証人

真新しい傷跡

滝谷分岐まで約3分のところ

同行者のK氏がクマスプレーを持参していたのでお借りした

左手で行者鈴を打ち鳴らし、右手にクマスプレーを持った

忍坂奥ノ谷への下り坂

トラロープ

間を開けないよう留意した

アメリカ産、成分カプサイシン、噴射剤・代替フロンHF、ネットで1万円くらいしたという