忍坂で 熊痕跡を 報告する

歴史街道

白壁屋敷

通りにご婦人の姿があり、熊爪とぎ跡の話をしました

お向かいの方を紹介され、場所と写真を知らせました

翌日、区長さんからメールがあり、返信しました(写真添付)

桜井市農林課へ報告しますと返信がありました

玉津島明神:衣通姫は、ここ忍坂の出生と伝えられ産湯の井があります

忍坂坐生根神社:延期式内社で歴史のある由緒正しい神社。後の山を御神体とする

神武東征では土蜘と呼ばれる八十建がいて大和朝廷に対立した土着民が居たとされた場所

拝殿の北側にも聖地のような場所があり、しめ縄で結界が張られています

粟原川の向かいは忍坂山口坐神社

朝倉台桜通り

忍坂は 万葉の里 所縁の地

大伴皇女墓

モミジ

この辺りは人の気配があります

15:24分、陽が傾き出した

鏡王女墓:はじめ天智天皇の妃で、後に藤原鎌足の正室となった

舒明天皇の皇女、額田王の姉、藤原不比等の母という説がある

外鎌山(忍坂山)南斜面の小さな支尾根に造られており、風水思想に基づいた終末期の古墳の特徴を備えています

周囲は万葉時代を思わせる景観

静かな佇まいで一人でそっと訪れてみたいところです

舒明天皇陵(段ノ塚古墳)

南北で約80m、東西で約110mで、八角墳丘部の対辺間の距離は約42m、高さは約12mで、当時としては最大級の規模

方形段の裾には自然石の花崗岩の列石を並べ、八角墳丘部の基底部には榛原石を小口積みに、墳丘斜面は榛原石を平積みにして墳丘を飾っていたと思われます

鳥見山

飛鳥時代の大王、天皇の墓制として、この段ノ塚古墳を始まりとして、舒明の曾孫の文武天皇まで八角墳が作られ続けます

ナラの黄葉

小野アルプス 低山ながら 登り甲斐

小野志方線から女池

惣山&紅山

紅山口

正和2年(1313年)来住惟友によって築かれたと云われる来住城跡がる

北側にはそば畑が広がる

小野町駅南に鍬渓温泉 きすみのの郷がある

加古川に架かる大住橋の下にある「下来住船着き場」は、水のよどんだ、素晴らしい船着き場 でした

また、ここ一帯は来(きすみ) の来住野 (きしの) と呼ばれ、昔から眺望の素晴らしさで知られていた村でした

ぷらっときすみの

評判の蕎麦屋さんは営業終了していました

JR西日本加古川線にあり1913年(大正2年)8月に開業しています。駅は1面1線の無人駅です

紅山岩稜

経験のない人には無理かも

岩登りの熟練者がリーダーでした