忍坂は 万葉の里 所縁の地
大伴皇女墓
モミジ
この辺りは人の気配があります
15:24分、陽が傾き出した
鏡王女墓:はじめ天智天皇の妃で、後に藤原鎌足の正室となった
舒明天皇の皇女、額田王の姉、藤原不比等の母という説がある
外鎌山(忍坂山)南斜面の小さな支尾根に造られており、風水思想に基づいた終末期の古墳の特徴を備えています
周囲は万葉時代を思わせる景観
静かな佇まいで一人でそっと訪れてみたいところです
舒明天皇陵(段ノ塚古墳)
南北で約80m、東西で約110mで、八角墳丘部の対辺間の距離は約42m、高さは約12mで、当時としては最大級の規模
方形段の裾には自然石の花崗岩の列石を並べ、八角墳丘部の基底部には榛原石を小口積みに、墳丘斜面は榛原石を平積みにして墳丘を飾っていたと思われます
鳥見山
飛鳥時代の大王、天皇の墓制として、この段ノ塚古墳を始まりとして、舒明の曾孫の文武天皇まで八角墳が作られ続けます
ナラの黄葉











