長命寺 琵琶湖周航 第6番

本堂(重要文化財)- 当寺の文書から室町時代・大永4年(1524年)の再建と判明する

入母屋造、檜皮葺き。桁行7間(20.4メートル)・梁間6間(20.5メートル)の和様仏堂である(ここでいう「間」は長さの単位ではなく、柱間の数を意味する)

手前の奥行3間分を外陣、後方の奥行3間分を内陣および後陣とする

内陣須弥壇中央には秘仏本尊を安置する厨子が置かれ、正面には享保16年(1731)に大仏師村田与惣兵衛によって制作された御前立の千手観音立像が祀られている

厨子外の向かって左に毘沙門天立像(重要文化財)、右に不動明王立像が立つ

厨子も本堂と同時代の造営で重要文化財の附(つけたり)指定となっている

渡廊下で三仏堂と繋がっている

三重塔(重要文化財) - 高欄擬宝珠銘から慶長2年(1597)の再建と判明する

こけら葺きで全面丹塗(にぬり)とする

和様の一般的な三重塔であるが、初重の両脇間に連子窓を設けず板壁とすること、初重に和様には珍しく腰貫を用いる点が特色である

初重内部は須弥壇を設け、胎蔵界大日如来像(安土桃山時代)と四天王像(鎌倉時代)を安置する

大日如来像は像底の銘から天正17年(1589)、七条大仏師康住とその子の大弐の作とわかる。本堂の東方、やや小高くなったところに建つ

出石城 廃材利用し 建てられし

登城橋河川公園から有子山

出石城 大手門跡

枡形構造を持ち、敵の侵入を防ぐため直進できない造りとなっていました。明治の廃城令で取り壊されました

高さは本体が木造4層で13メートル、支える石垣が5メートル

城の石垣など廃材を利用して明治4年(1871)に建てられ、当初は太鼓で時を告げていた

明治14年(1881)に旧藩医の池口忠恕が大病を患った際に、地元民から御見舞いや全快祝いを受けたことへの御礼として大時計を寄贈して辰鼓楼に設置された

札幌市時計台が稼働しており、国内で二番目に古い時計台

現在は、録音した太鼓の音を午後1時に流している

重要伝統的建造物群を代表する建築物

時計の製造国については、オランダ製の時計を購入してメンテナンスのために東京に2人の青年を派遣して技術を学ばせたとする説と、

時計造りの技術を学ばせるために東京に2人の青年を派遣した(あるいは長崎に派遣されてオランダ人に付いて修業した)とする説がある

現在の時計は4代目

喧騒を 忘れさせる 深い森

深い森に囲まれた社殿や鳥居、清らかな水辺が印象的で、静寂の中で心が洗われます

山道は少し険しく足元に注意が必要ですが、その分だけ到着したときの達成感や美しい眺めは格別です

まるで別世界に足を踏み入れたかのような静けさが広がります

弘法大師(空海)が登美山で龍神の霊気を感得

静かな祈りの場として整備され、年間を通じて柴灯(さいとう)護摩が9月に厳修されるなど、修験道の行法も行われています

往復40分です