篤き心 千六百十六段 重なりて

2月28日15:51分、下山開始

808段

鍛錬になります

ちょっと下がったところに庫裏、書院があります

駐車場があり、車でここまで上がって来れます

平成25年にこけら葺き屋根の葺き替え工事が行われています

三重塔沿革

往復1616段

真静院門跡外塀

杖とストックの手を借ります

ご利益を授かります

巡礼

最下段が見えてきました

西国十番 長命寺

汚(けが)れの現世(うつしよ)遠く去りて
黄金(こがね)の波に いざ漕(こ)がん
語れ我が友 熱き心

木戸孝允 禁門の変で 隠れ住む

出石城下町(重要伝統的建造物群保存地区)

大手前通り

出石旧福冨家住宅

その向かい側に、維新史蹟桂小五郎潜伏遺跡があります

浄土真宗本願寺派(西本願寺)西方寺 

近くに鋳物師町発祥之跡石碑あり

元は天台宗で戦国時代に建立されたとの事

以前は山上にあった

羽柴秀吉公より三石六斗朱印付与あり

浄土真宗本願寺派高福寺

約650年以上前に真言宗寺院として建立されたと伝わり、室町時代や戦国時代を経て、現在の地に移転・再興されました。江戸時代には赤穂義士ゆかりの人物が入寺した歴史もあります

維新史跡:維新の三傑の一人・木戸孝允公(桂小五郎)潜伏セラレシ遺跡

志水重兵衛屋敷跡

桂小五郎:文久2年(1862)以降、藩政の要職に就きますが、元治元年(1864)の池田屋事件、その直後の禁門(蛤御門)の変で長州藩が敗れ、京都を追われ出石に身を隠すことになります。その後、攘夷を諦め倒幕運動を進め、慶応2年(1866)には薩長同盟を締結。新政府成立後には、五箇条の御誓文の草起や版籍奉還・廃藩置県に携わるなど、活躍しました

桐吉

田結通り・出石米穀

いずし落語笑学校

おりゅう灯籠

昔は船行の灯明台として使われていました

出石勝林寺

出石城址の中心にあたる漆喰の白壁が特徴ある浄土真宗寺院

ご本尊は阿弥陀如来です

出石藩の家老屋敷前にあり、比較的大きな寺院で城壁としての役目も果たしていたと思います

 

 

教祖様 辨天祀り 七福神

弁天堂

六福神像

辯天堂の弁天さんとあわせて、七福神に

金殿白金殿:昭和36年に建立された総漆塗り金箔押のお堂で弁財天を祀る

辯天堂の前の大きな香炉は龍が阿吽になっています

白金殿は昭和52年に建立され大龍神を祀る。プラチナのお堂

寺務所

天龍閣への渡り橋

苔が美しい

雨が滴る参道

石柱碑が並ぶ