法皇が 行幸した 際に置く
当初の社名は天照大神を初めとする15神を祀る十五社神社であったが、1943年(昭和18年)に都島神社と改称した
1945年(昭和20年)6月7日の第3回大阪大空襲で社殿その他が焼失するが、1949年(昭和24年)に再建された
境内に立つ石造三重宝篋印塔は鎌倉時代後期の嘉元2年(1304)の銘があり、大阪市内最古の石造遺物として大阪府の有形文化財となっている
出雲大社宮司千家尊統
屈曲して流れる淀川支流の大川の左岸に当たり、かつては度々洪水に見舞われた地域
鳥居は南と西にある
こちらは西鳥居
平安時代後期に後白河法皇が当地へ行幸した際にこれを哀れみ、当地の鎮守として神社を置くよう命じた
当社の歴史は、これを受けた東成郡毛馬村・滓上江村(澤上江村)・友渕村など8村が協力し、永暦元年(1160)に十五社神社を建立したことに始まる
後白河法皇は仁安3年(1168)には当社の北側に生母の待賢門院を祀る母恩寺を建立している
1945年(昭和20年)6月7日の第3回大阪大空襲で社殿その他が焼失するが、1949年(昭和24年)に再建された
境内に立つ石造三重宝篋印塔
鎌倉時代後期の嘉元2年(1304)の銘があり、大阪市内最古の石造遺物として大阪府の有形文化財
お見舞いの帰りに立ち寄りました





































