命の源 いただくことの ありがたさ

国指定重要文化財「白書院」

國豐民安:大無量壽経下巻にある言葉

戴仁(ことひと)親王:伏見宮邦家親王第16王子。醍醐寺三宝院門跡。陸軍大将

浄土真宗では、年忌法要や報恩講などの仏事の際に、人々が集って、米や野菜などを持ち寄って調理していただいた食事のことを「お斎」と呼んで親しんできました

日ごろの生活のなかで忘れがちな、食事をいただくことの意味をあらためて思いかえし、仏法に遇う尊さにふれていただけることを願い、お斎をご用意しております

 

 

 

 

 

 

<食膳の言葉>

み光のもと
われ今さいわいに
この浄き食をうく
いただきます

上段の間

1911(明治44)年の「宗祖親鸞聖人650回御遠忌」に際して、大阪の戸田猪七氏の寄進により再建された建物

白書院の名称は、柱やその他が、漆などを塗らずに白木で仕立て上げられていることが由来となっています

能舞台

白書院を観覧席に見立て造られている

本廟切妻

建物の北側脇には、控間と上段の間が整えられています

 

 

 

 

大槌町 つつみ建材 復元す

春日神社は、能登半島地震で鳥居や標柱が倒壊した

裏山が崩れ、窓岩が倒壊したことを思えば拝殿が最小限の被害でとどまったことは幸いであった 

8月16日に開催された曽々木大祭までに修復したのは、東日本大震災を経験した石材業者だった 

岩手県大槌町のつつみ石材店社長の芳賀(はが)光さん(50)は、地震の1カ月後から10回ほどボランティアとして輪島市などに通った

お祭り広場に集結した4基のキリコ

今年に入って神社の鳥居が壊れたままと知った

輪島虎之介太鼓のメンバーが祭り太鼓を披露

14年前の大震災の津波で事務所や車を流され、被災者のつらさは痛いほど分かる

地元の業者は解体工事などで手いっぱいの状況で、芳賀さんは「赤字でなければいい」と請け負った

修復の経験はあるが、一から作るのは初めてだった

若連中キリコの担ぎ手

責任者の井上さんをセンターに仲間たち

御幣を持つ氏子総代

醍醐から 山三つ越え 大津へ

盲目の琵琶の名手で歌人であった「蝉丸」が「これやこの行くも帰るもわかれつつ知るも知らぬも逢坂の関」と詠んだ

蝉丸大神は音曲を始めとする諸芸道の祖神、猿田彦命は街道の守護神として信仰されている

社伝によれば創祀は天慶9年(946)の頃、延喜帝第六十代醍醐天皇(901年~922年)の第四皇子蟬丸を主神として、

万治元年(1654年)東海道逢坂の街道を守護し災害を防ぐ神、猿田彦命、豊玉姫命を合祀しています

謡曲や平家物語でお馴染みの蟬丸は「流泉」「啄木」なる琵琶の祖神として博く崇敬され、平安時代には音曲芸道に携わる芸人達が当蝉丸宮により免許を受け興行した

現在の社殿は、萬治3年(1660年)に建立されました

また、本殿傍の小宮社は、往古一里塚町(現・大谷町)に鎮座されていた皇大神宮が、明治11年の国鉄線路敷設に伴い遍宮されたものである

東海道、東山道が通る逢坂峠の関の鎮守・道祖神として創建されたと考えられている

京阪電鉄「大谷駅」

汗びっしょりになったシャツを着替えた

山科でJRに乗り換え

16km26000歩、いいトレーニングになりました( ..)φメモメモ