醍醐から 山三つ越え 大津へ

盲目の琵琶の名手で歌人であった「蝉丸」が「これやこの行くも帰るもわかれつつ知るも知らぬも逢坂の関」と詠んだ

蝉丸大神は音曲を始めとする諸芸道の祖神、猿田彦命は街道の守護神として信仰されている

社伝によれば創祀は天慶9年(946)の頃、延喜帝第六十代醍醐天皇(901年~922年)の第四皇子蟬丸を主神として、

万治元年(1654年)東海道逢坂の街道を守護し災害を防ぐ神、猿田彦命、豊玉姫命を合祀しています

謡曲や平家物語でお馴染みの蟬丸は「流泉」「啄木」なる琵琶の祖神として博く崇敬され、平安時代には音曲芸道に携わる芸人達が当蝉丸宮により免許を受け興行した

現在の社殿は、萬治3年(1660年)に建立されました

また、本殿傍の小宮社は、往古一里塚町(現・大谷町)に鎮座されていた皇大神宮が、明治11年の国鉄線路敷設に伴い遍宮されたものである

東海道、東山道が通る逢坂峠の関の鎮守・道祖神として創建されたと考えられている

京阪電鉄「大谷駅」

汗びっしょりになったシャツを着替えた

山科でJRに乗り換え

16km26000歩、いいトレーニングになりました( ..)φメモメモ