正しきを心にかけて願いなばわれも力をそへてまもらん…大吉

近江京は7世紀、天智天皇が営んだ宮。667年中大兄皇子は都を大津へ移した

668年即位して天智天皇となる
遷都の理由はよく分からないが、国外の脅威に対抗しうる政治体制を構築するため、飛鳥から大津を選んだとする説が有力

671年に天智天皇が没すると、天皇の子・大友皇子(弘文天皇)が跡を継いだ

桐畑古墳群は六基の円墳から構成されています

いずれも古墳時代後期で、このうち三基から横穴式石室が見つかっています

桜の枝先に比叡の嶺

中でも東端に位置する一号墳は最大で、丘陵斜面を利用して直径約20メートルの墳丘が築かれています

天井石はなくなっていますが、羨道(通路)から玄室(遺体を納める部屋)に至る横穴式石室の構造がよく分かる古墳です


現在は玄室内に不動尊が祀られている

志賀山・岩屋不動尊

不許葷泪肉入山門(クンシュサンモンニイルヲユルサズ)⇒昨日のブログに写真掲載

崇徳寺・桐畑弘嗣の表札が掛けられています

熊が谷古墳群とも呼ばれています

肉や生臭いもの、酒は修行の妨げになるので持ち込み禁止という意味

知人が同じ集落に住んでおられて、毎年ここで花見会を行っているとか

五葷(ごくん)と言って、陰陽五行(木・火・土・金・水)に基づく。ネギ類であるネギ・ラッキョウ・ニンニク・ニラ・アサツキを禁じる

近江富士(三上山)の麗姿

辛味や臭気の強い五種の野菜は、五臓を傷つけ五戒(殺・淫・妄・盗・酒)となる恐れがあるためだそうです
刺激物であり、ある種の興奮作用や、感受性が高まり、心が乱れるのを防ぐために禁止したのでしょう
満開のシャクナゲ
桜に負けじと咲いていました
こんな時期にシャクナゲを見るの初めてかな
桐畑古墳群の解説
シャクナゲの蕊

ささなみの志賀の大曲淀むとも昔の人にまたも逢わめやも…柿本人麻呂

5日、志賀の里を訪ねた

石標横の桜が満開であった
桜を見ていると昔懐かしい人々に会えるように思う

近江京の跡、大津は古津と呼ばれるようになった

天智天皇没後再び飛鳥に都が移りますが、平安京遷都後の桓武天皇(天智天皇の曾孫)の詔によって復び大津の呼び名になった
このあたりは古代の渡来人が住んでいたようだ
民家の庭にも桜が植えられている
京阪・滋賀里駅の真上に桐畑古墳があります
琵琶湖を見下ろす住宅地に桜が植えられています
桜は日本の春を彩る