巻向に都を造る。是を珠城宮と謂ふ…日本書紀・垂仁2年10月条

しかし、正確な所在地は分かっていない

石室は花崗岩の丸石を乱石積みにし、その間隙に安山岩系の塊石を用いた片袖式石室で、玄室の天井は3枚の花崗岩で構築されています

(写真を右90度反転してご覧ください)

東端の1号古墳は、昭和30年の発掘調査では、玄室の中央に凝灰岩の組み合わせ式箱形石棺が破壊されながらも残っており、2体分の遺骨と多くの副葬品が検出されました
2号墳と3号墳との間に30数個の埴輪が一直線上に並んでいるのが確認されています。これは両古墳の境界を示していると考えられています

埴輪は高さ20~40cm程度のもので、大部分が円形の透かし穴を持つ円筒形であるが、楯形、朝顔形も混じっていた

珠城山古墳からも二上山が望めます
3号墳の前方後円墳。背中の部分が一本の道になっています
大和三山も一望できます。手前は畝傍山
箸墓古墳
3号墳の前方後円墳の直線状に二上山があります

巻向の足痛(あなし)山に雲居つつ雨は降れども濡れつつ来し…万葉集
珠城山古墳の墳丘にタンポポが覆う様に咲き誇っています
巻向山は主峰である弓月岳567mと西北の峯565m、さらに穴師山425mをまとめて土地の名により名づけられたとされている
「まきむく」とは「真木」、すなわち杉や檜の良材が繁茂する意
この辺りは初期三輪王朝と呼ばれる「初期大和政権の中心地だったと伝えられている
崇神天皇の磯城瑞籬宮、垂仁天皇の巻向珠城宮、景行天皇の巻向日代宮があったとされる
おだやかな山が連なる
のびやかに広がる田園風景
山肌を染める桜の斑紋
野焼きの煙、手前はイチジクの木かな

簡潔に愛を求める動物の生きる世界を肯定してみる…沙羅

巻向の在所と二上山

御神体三輪山
一帯に纏向遺跡が残る
珠城山古墳群
三基の前方後円墳で構成される古墳時代後期(6世紀)の古墳群です
一号墳は全長50m、二号墳は全長90m、三号墳は全長50m
環頭太刀や金銅装馬具などの豪華な副葬品が出土している
誰の墓か特定されていませんが、この地域を支配していた豪族が代々築いたものだと言われています
1978年、国の史跡に指定されました
車道沿いに掛けられている案内板