★Facebook発の映画「ペコロスの母に会いに行く」 成功のためのキーワード | ジャーナリスト 石川秀樹

ジャーナリスト 石川秀樹

ちょっと辛口、時どきホロリ……。理性と感情満載、世の常識をうのみにせず、これはと思えばズバッと持論で直球勝負。
3本のブログとFacebook、ツイッターを駆使して情報発信するジャーナリスト。
相続に強い行政書士、「ミーツ出版」社長としても活動中。

先だって僕は、Facebookでいくら頑張っても、
「いいね!」をもらえる数は自分の場合70~200程度、と書いた。
投稿の内容によって、これだけの幅が出てしまうと。
この数字でもう1つ分かることがある。
投稿が到達しているであろう範囲のことだ。
友達は3000人いるが、通常の場合、届くのは数百人程度であろう。


『うーん、数百人かぁー
これって、多いのか、少ないのか……??
Facebookでなんらか広告(文字通り「広く告げる」)したいと思っている人にとっては、厳しいだろうね。


もちろん例外はあるから、その話もしておこう。
僕の投稿に、いいね!が1000以上ついたときがあった。
1月末に会社を退職することになり、お世話になっていた局で送別の花束をもらった時のことだ。初孫誕生の時も700いいね!をいただいた。
この2件、ふだんの数字(実績)から言うと、信じられないような出来事だった。
両方とも「シェア」の数は多くなかった。
つまりfacebookの「拡散」機能は働いていない。
にもかかわらずこれだけのいいね!を得られた理由は…。
考えられるのは、いいね!が短時間に集中したのでニュースフィードへの出現頻度が高まった、ということだ。
加速度がつくと広がりやすいのだろう。
まぁ、そんなこともあり、僕の投稿も必ず200止まりというわけではない。
しかし、よほどの慶事であっても1000いいね!をもらえることは稀だと思うし、
1万いいね!がつくことは、まずないだろう。
このような「数字」を見ると、Facebookを広告機能としてとらえたとき
拡散ツールとしては少々物足りない
ただし、そのように言い切っていいのだろうか、という疑問は残る。


なぜなら、Facebookは単純に「数字だけの問題」として見るべきメディアではないからだ。
もっと魅力的な機能がひそんでいる。では、
──普通の人が何か事(コト)やモノを売り込もうと思っても、Facebookでの拡散は無理な話だよ!
と、思わない人がいたとすればどうだろう。
いたのである。そのチャレンジは刺激的だ。


■   ■

村岡克彦さんと言う。福岡市在住の音楽プロデューサー(49)。
彼が取り組んでいるのは、映画『ペコロスの母に会いに行く』の全国ヒット、である。
Facebookを起点にこのプロジェクトに火を点け、燃え上がらせようという。
ドン・キホーテのように無鉄砲に見えるが、実は緻密な計算がある。


『ペコロス─』は長崎市在住のしがない(表現悪くてゴメン…)漫画家兼シンガーソングライター、岡野雄一さんが自費出版したマンガ本が原作だ。
89歳になる認知症の母と故郷に戻った息子によるトンチンカンなやりとりが主題。
死んだ夫と会話する母をいぶかしく思いながらも癒されてしまう息子。
62歳にして見事なハゲ頭。さえない風采。カネもない。
長崎ローカルのどこにでもありそうな日常。
それは見ようによっては、悲しく重苦しい話だが、
岡野さんが描く母とペコロスは何ともおかしくやさしい
癒され、そして泣ける
メガホンを取るのは「時代屋の女房」「美味しんぼ」「ニワトリはハダシだ」などで知られる森崎東監督(85)だ。人情映画の巨匠。出演者は雄一役に名わき役の岩松了、若いころの母に原田貴和子、老いてからは賠償美津子が演じる。竹中直人も何らかの役で登場することが決まっている。9月初旬にクランクイン、来夏公開の予定だ。


と、ここまでは決まった。
自費出版からほぼ半年、まさに超特急の展開だ。


村岡さんが「ペコロス─」を知ったのは今年1月のこと。
ペコロスは小玉の玉ネギを意味する。ハゲ頭の岡野さんの愛称。
村岡さんは彼のことを少し前から知っていた。
岡野さんは若いころ、漫画家を目指した時期がある。高校を卒業し、逃げるように長崎をあとにし東京に住み着いた。故郷は狭く、希望のない街に見えた。20年間、吉祥寺近辺に暮らした。結婚し、子供もできた。だが離婚。
結局、子連れで長崎に帰省した。
「ちょうどよく、両親も老いてきた時期」に。
以後は地元タウン誌の編集などをやりながら、プロ顔負けの歌をライブハウスで披露したりもする。
温和な顔に似ず、爆発するようなエネルギーをもつ。
岡野さんを知る人の間では「寺町ぼんたん」が有名である。別名「ちんちんの唄」。曲名を告げた途端、拍手と爆笑に包まれる。歌詞はとてもここに書けない。そんな曲。しかし聴けばしびれる。村岡さんも初対面の夜、洗礼を浴びた。以来、『この人は天才だ…』と思っている。
※「寺町ぼんたん(by youtube)」 http://www.youtube.com/watch?v=yfJa8JL8yJU

hidekidos かく語り記


そのペコロス岡野氏がタウン誌などに書きためたマンガを自費出版するというニュースを、地元紙「長崎新聞」で知った。500部。それでも岡野さんは「売れるかどうか心配」と言っていた。村岡さんは、宣伝と販売を買って出た。破天荒で時に爆発的なエネルギーを持ちながら、ギターを持たない素面(しらふ)のオカノさんは、シャイで生真面目な営業下手のただのオッサンである。
義侠心と友情。さらに村岡さんには、プロデューサーとしての勘と、少しの欲があったのだと思う。
(以下、少々僕の推測で書く)


欲と言うのは、『Facebookでスターを作りたい』という夢のことである。
例えば、地方都市にいるシンガーをメジャーに押し上げたい。音楽プロデューサーなら誰しも持つ夢。
『Facebookならできるんじゃないか』


それと言うのも、村岡さんにはこんな経験があるからだ。
Facebookを始めてすぐのころ、発信力を高めたくて友達を増やそうとしていた。
友達申請を頻繁に行っていたある日、Facebookから通知が来た。
3か月間の「申請凍結」なのだと言う。その間、何もできない…!! Facebookを重要なPR手段として考えていた身にとっては死活問題だ。
──もう、友達を増やせない? 開店休業? でも、Facebookそのものを止められたわけではない…。考えているうち、腹が立ってきた。
『分かった。向こうから寄って来るならいいんだな。俺のコンテンツで人を集めてやる』と思った。
以来、エッジの効いたコンテンツとは何かを考えるようになった。
そして実践。
動物(特にネコ)のおもしろ写真、皮肉で色っぽい画像、街角で気づいた変な看板……。
プロデューサーとして培った情報網とアイデア力、
人は何をおもしろいと思うか”を見切るセンス、
それらを存分に使って“見られるウォールづくり”に熱を上げた。
効果はすぐに出た。
以後、友達申請を自分からは出さず、申請されるのを待つ。
以前の友達2000人に加え、意識を変えてからは3000人。
かなりのスピードでFacebookの上限、5000人に達した。
(現在、フィード購読数は4473人)


『やはり、人を動かすコンテンツって、あるんだな』
大きな自信が生まれた。
──今度はそれを自分の仕事に生かす番だ。
おもしろコンテンツの合間に、自身が推すシンガーの路上ライブなどの情報をウォールにアップする。
慌てず焦らず、反響に一喜一憂せず、情報は出し惜しみをせず、飾らず、誇張せず、誠実に。
大手が打つ広告に比べれば微々たる“成果”だ。
それでもファンは地元を中心に確実に増えている、と言う手ごたえがあった。


岡野マンガの販売にかかわってあらためて感じたことがある。
「コンテンツの価値」ということ。
誰もが目をそむけたくなる老人の認知症。
だが岡野さんは描く。
ボケたからこそ見えるらしい「亡き夫」との会話。
子連れ心中さえ考え泣かされ続けた酒乱の夫と、いま母は楽しそうに会話する。
「ちっぽけで、閉塞感漂う港の見える街」と若い頃には思えた街を、母はいとおしそうに日がな一日眺めて暮らす。
ボケすらが人間の味わいのように見えてくる岡野マンガの世界…。
村岡さんは確かに売らんがためにFacebookに投稿を続けた。
その効果なのか、発送作業に追われるほどになった。
Facebookはすごい!?
確かにそれはあっただろう。
でも、売れていくのはコンテンツそのものに力があったからではないか。
何より、岡野マンガは温かい。
だから求める人が出てくる。
コンテンツが持つ力だ。


一方、岡野さんにはそれほど勝算はなかった。
折に触れいろいろな媒体に描いてきた母とのことを1冊にまとめたい思いはある。
それで、3年前にも自費出版した。
だが、売るには苦労した。
なけなしの金で500部刷った。
テーマは前と同じだ。母の認知症は進みいっそう重くなった。
希望と不安が半々。最後は『どんげんでんなる』と開き直った。
そういうときに村岡さんが「手伝う」と言ってくれた。
ありがたかった。
Facebookで訴えていくのだと言う。
『それなら俺もできる』と思った。
この時点で岡野さんもFacebook歴1年にならんとしていたからだ。
意外にも手ごたえがいい。
初版はほどなく完売した。恐る恐るもう5000部増刷。
それもあっという間に売り切れた。村岡さんは、本業そっちのけで本の発送にてんてこ舞いすることになった。


この間、Facebookは力を発揮したのだろうか。
公平に言えば、地元長崎を中心に岡野マンガの世界に長い時間をかけてファンが付いていた、と言えるのではないか。
さらに認知症の母とハゲボンのゆったりとしたかみ合わない交流が、3.11以降なんとなく意気が上がらず「傷ついた感じがする時代」に合った。
一言でいえば、コンテンツのよさがあったからこそ、だと思う。
ただし、最良のコンテンツでも人に知られなければ世の中に存在しないも同然、もまた真実である。
地元紙がまずそれをやってくれ、絶妙のタイミングで村岡さんらの仕掛けも動き始めた。
よい循環が生まれ、じわり「ペコロス─」は知られていく。
九州地方のメディアの雄「西日本新聞」も岡野マンガに注目し、新聞社の企画本として本にまとめる話が出てくる。
歯車が確実に一つ「カチリ」と回転したのである。


そして、奇跡が起きる
村岡さんのもとに、Facebookを通じて知り合いになっていたプロデューサーの井之原尊さんから問い合わせが入った。
「ぜひ映画にしたいが、マンガの著作権はどうなっているか」
権利は当然岡野さんが持っている。映画のオファーが来たことを話すと目を白黒させた。
無論、「ノー」と言うはずがない。
ここから先は一瀉千里。
2人のプロデューサーのフットワークが利き始める。
井之原さんは森崎東監督を引っ張り出す。
一方、村岡さんは5月5日、映画化を応援するためのFacebookページを立ち上げ、情報の拡散を図った。結果的に『映画「ペコロスの母に会いに行く」を応援しよう!』のFacebookページは、1ヶ月で全国から「5000いいね!」を獲得した。


「結果的に」と書いたが、村岡さんはただ自然に任せていたわけではない
西日本新聞からの新刊発行の話や、映画化の進捗状況、監督との打ち合わせやキャスト発表などを楽屋裏の話を含め逐一ページで語ることにより、単なる「情報の共有」ではなく「共感の共有」を目指した
そして飛び切り強調したのは、「ペコロス─」は“Facebook発の映画”であることである。
本の周知、販売、重要な3人(岡野さん、村岡さん、井之原さん)の出会い、そして応援団も…、そのすべてにFacebookが起点になっている。映画制作のために必要な資金集めにもFacebookの力は生きている。村岡さんは今、Facebookを通じて紹介された企業幹部を訪ね歩いては協力を要請している。さらに一般からの公募にもまたFacebookを使う。


ことさら「Facebook」を強調するわけは、話題性の提供だ。
「Facebook発」だからこそ、マスメディアが飛びつく
朝日新聞、NHK、西日本新聞ばかりではない。
きのうは、岡野さんがウォールに載せたマンガにコメントした僕のところに、ある映像制作会社からメッセージが届いた。「岡野さんのマンガに介護体験者のあなたはどんな感想をもったれたか」を知りたいと言うのだ。村岡さんの読み通り、さまざまなメディアが動きつつある。


7月22日、新宿の「水たき玄海」でこの映画の応援団が集まって「森崎東監督とペコロス岡野氏をハゲます昭和大宴会」が開かれた。会場の大広間にはFacebookでこの会を知った約100人が集まった。互いに見ず知らずの人たち。
村岡さんの緊張でコチコチのあいさつ、
寡黙な森崎監督の精いっぱいのつぶやき。
途中、あいさつを求められた岡野さんは、照れ隠しに「ちんちんの唄」を裃(かみしも)姿のままがなり立てた。
大半が初めて聴く人たち。
軽快ながら激しいリズム、そして歌詞の珍妙さ。
みな度肝を抜かれた。
でも、ノリにノッてきた。
そのあと井之原さんは生真面目に「Facebookでの熱い志と拡散への感謝を、良い作品をつくることでお返しする」と宣言
最後に村岡さんの発声で万歳三唱ならぬ「どんげんでんなる」を三唱、会を締めくくった。
Facebook大宴会は大いに盛り上がって終わった。
終始カメラが回っていた
村岡さん、井之原さんはメイキング映画も作る予定だ。
そしてNHKがこれらの模様をすべて記録している。やがてどこかのタイミングで特集企画として放送されるに違いない。


Facebookと言う個メディアから生まれたプロジェクトは全国にムーブメントを起こすことができるだろうか。
村岡さんは企画の当初から、マスコミに“発見される”ことを狙っていた。
この投稿の冒頭に書いたように、Facebookの拡散機能は、広く伝えるという意味では心もとない。
しかし、人々をつなげ、つながった者同士が共感を深めるツールとしては最強だ。
村岡さんの戦略の中には、最初からFacebookの2面性をいかに使いこなすか(弱点をカバーし、長所を生かす)が念頭にあったに違いない。
今後、同様の大宴会を大阪でも、京都でも、福岡でも行い、クランクインの長崎につなげていく。Facebook応援団の絆を深め、合わせてマスコミに話題を提供する



◆Facebook活用本のためのFacebookページはこちら
http://www.facebook.com/meets001


読者登録してね