金正日氏死去、ツイッターは活況、facebookは知らぬ顔 | ジャーナリスト 石川秀樹

ジャーナリスト 石川秀樹

ちょっと辛口、時どきホロリ……。理性と感情満載、世の常識をうのみにせず、これはと思えばズバッと持論で直球勝負。
3本のブログとFacebook、ツイッターを駆使して情報発信するジャーナリスト。
相続に強い行政書士、「ミーツ出版」社長としても活動中。


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帰宅して、ある期待をもってfacebookのタイムフィードを駆け足した。
期待はある意味、裏切られなかった。
いや、裏切られたのかな。


きょう、北朝鮮の金正日総書記死去が報じられた。
昼から夜にかけ、テレビや新聞はこのニュース一色だった。
さて、金氏の死について僕は何をつぶやこう、と思っていたのだが…。


僕の期待(予想)は、『facebookは意外に、静かなのでは…』だった。
残念ながら、ピタリ的中だった。
落胆した。


『こんなものだよな…。今のfacebookの使われ方じゃあ……』


根気よくフィードをたどっていたら、一人、金総書記死去に触れている人がいた。
だからコメントした。
「ホッとしました。ニュースに反応している人を見つけて。
ソーシャルメディアと言われながら、
日本のfacebookは『ソーシャル』がまるで欠けています」


ところが、このコメントは日の目を見なかった。
どうも、この人自身が投稿を削除してしまったらしい。
こんなことを書いてはまずいと思ったのだろうか……。


facebookでは当たらず触らず、政治的・社会的な発言を避けて、
ビジネス・商売のことも嫌われるからほどほどに…。
なぜか、多くの参加者がそのように思い込んでいるようだ。


マスメディアが金正日氏一色に染まるのは、異常だと思う。
(日本のメディアは集中豪雨だ!)
一方、facebookのこの落ち着きぶりにも僕は違和感を覚える。


同じソーシャルメディアでも、ツイッターの興奮・活況とはまるで正反対。
良くも悪くもfacebookからは、
革命はおろか「ムープメント」は生まれないだろう。
とても残念だ。


■     □


facebook上での発言は、以上にとどめた。
これ以上、何を言っても人の心に届かないと思ったからだ。


ツイッターからスタートした僕としては、
つい、2つのソーシャルメディアを比較してしまう。
最近、ツイッターには若い参加者が増えている。


数か月前は『このごろ、学生さんが多いな』と思った。
ところが、近ごろ目立つのは「中学生」の参加だ。
『ここまで広がってきたのか』、と思う。


ツイッターネイティブ(物心つくころからツイッターをやる)
こういう層が社会の中堅になり、
当たり前のように自分の言葉でソーシャルメディアで語り始めたら…。
と想像すると僕は、わくわくする。


一方、facebookの方は、facebook社の努力にもかかわらず、
参加者頭打ちの印象はぬぐえない。
「実名」主義がネックになっているのだという。


情けない国、意気地のない国民だと思う。
これほど何でも言える、言論統制のない社会になっていながら、
匿名なら何でも言えるが、
実名となったら借りてきたネコみたいにおとなしく、行儀よく、
きょうの自分の行動や感想を、周りに気を使いながら語るのだ。


朝のあいさつ、天気、食のこと、ペットの動静が人気メニュー。
嫌われるのは……、いや、そんなことを羅列するのはやめよう。
だいたい想像できるでしょう。


■     □


だから、受けもしない金正日氏の話題で、誰もリスクは負いたくないのだ。
金氏、北朝鮮のこと…、語れば自分のスタンスが明らかになってしまう。
利口な人は「言わぬが花」と知っている。


何もソーシャルメディアで革命を起こしたいわけじゃあないが、
僕は「個人」がメディアとなる時代に強い期待感を抱いている。
ツイッターをやる人も、facebookをやる人も、まだまだ少数派。
逆に言えば”先駆けの人”だ。


しかし、ことfacebookに限っては、その人たちでさえ
「可能性」のうちのほんの一部、何十分の一程度にしか使えていない。


金正日氏が死去した日、facebookの反応を見て、
『道は遠いな』と、さみしい気持ちになった。




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