毎度ばかばかしいお話を新聞は伝えてくれる。
朝日朝刊に「原発事故に備え放射線副読本」を文部科学省が公開したと出ていた。
その前提の考え方とは
「1度に100㍉シーベルト以下の放射線を受けた場合、
放射線だけを原因としてがんなどの病気になったという
明確な証拠はありません」
副読本は、小中高の児童生徒と教師用に計13パターンと、
実にていねいにつくられているが…
(参考:小学校児童用)
唖然とするような前提だ。
僕は全くの素人だが、レントゲン撮影で1回の被曝量が
600マイクロシーベルトであることくらいは知っている。
しかし、ここがクセものだ。
「ミリ」と「マイクロ」。
単位の使い分けが、問題意識をそらしてしまう。
100ミリと言われてもピンと来ないが、
「100ミリシーベルト=100000(10万)マイクロシーベルト」と書かれれば、
誰にも問題の所在が見えてくる。
文科省は、1回のレントゲン撮影の166倍もの被曝をしても「安全」だ、
と副読本でのたまわっているのだ。
その言い方も姑息である。
「病気になったという明確な証拠はありません」
疫学的に証明されていないと言いたいのだろうが、逆から読めば、
(確かな証拠はないものの)怪しい事例は枚挙にいとまない、ということでもある。
■ ■
第一、副読本は何のためにつくったのか。
放射線被ばくの危険を訴えるためではないのか。
その副読本で国は、またしても「希望的観測」に基づく
「安全神話」「安心デマ」の愚をおかしている。
笑ってしまうくらいトンチンカンだ。
文科省の責任あるお役人に、
「1回、100㍉シーベルト被曝してご覧なさい」と申し上げたい。
「100㍉シーベルト被曝してもがんになると決まったものではない」と書ける神経は、
人間を人間と思わず、ウシかブタ程度にしか考えていないことの証明だ。
こと原発報道に限らないが、
中央の役人が出す情報には、ますます信頼がおけなくなった。
誰のため、何のための「姑息」なのか。
さっぱり分からない。
分かるのは、国民にとって、まことに不幸な状況だということである。