ひで坊の長浜→大津日記 -231ページ目

茅の輪くぐり

↓ご近所の豊國神社です
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左から8の字を描くようにくぐります
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明日から7月いよいよ
夏本番です

今年の夏は計画停電も
ありそうだし

長い夏になりそう

京洛八社集印めぐり⑧

和気氏姉弟の実像
ワケワカランシ
と消化不良のまま
移動です

↓今出川通りより
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白峯神宮です
ご祭神は
崇徳天皇
淳仁天皇
所謂
新院及び淡路廃帝ですね↓
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五年ばかり前レンタカーで香川県坂出市の崇徳院旧跡巡りをしました

坊の人生の一大エポックとなった旅です

二年前には
秋季例大祭崇徳天皇祭に初めて詣ることができました

厳かな式典にただ感動

↓碑銘の意味がもひとつわかりません
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社地は蹴鞠と和歌の宗家飛鳥井家の邸宅跡
摂社の精大明神は
飛鳥井家の守護神として祀られていたとのこと
つまり摂社の方が
本来古い

つまり
崇徳天皇淳仁天皇ともにこの地とご縁はないのです

白峯神宮自体は
歴史は浅く創建したのは父孝明天皇の遺志を継いだ明治天皇です

↓本殿正面
いつみてもおみくじの
自販機邪魔ぁ
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今や球技の神様ですね
本来は蹴鞠の摂社がね
ご祭神にスポーツ祈願
なんてすごく変です

保元の乱の負け組
源為義為朝も伴緒社として祀られています

崇徳天皇祭は9月21日決して球技上達のお祭りじゃあありませんからねえ

スポーツ祈願が儲けの
手段になってしまい
本来のご祭神御鎮座の
意味合い
つまり
孝明天皇のご遺志が疎んじられてはおるまいか

崇道神社を見習って
頂きたい


心の叫び
でした

京洛八社集印めぐり⑦

護王神社本殿脇にある
招魂樹(おがたまのき)
↓座立亥串(くらたていぐし)です
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二本セットで
一本をこちらに差し
もう一本は家に持ち帰り
神棚か玄関に掲げます
珍しい祈祷方法です

↓伊勢神宮遙拝所
特別な神事がありそう
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↓境内北側は
少し込み入ってますなあ
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↑こんな石碑も意外と
珍しい

道鏡排除のご託宣を
宇佐八幡宮より賜ったのが清麻呂公36才


結構やり手とみた

出身は備前
吉備に近いが…
所詮地方のぽっと出

中央政界に
打って出たがりの
根っからの策士じゃあ
なかったか

平安京遷都の陰の首謀者だし

もっと着目したい人物です

将来
「岩倉具視は和気清麻呂の生まれ変わりだ!」
ってタイトルのトンデモ本書きたいねえ

外塀に展示されている
清麻呂大河ドラマや
和気氏歴代系図など
見所多し
境内に喫茶店もあり

なかなかいい神社でした