生きるということは実践することだと
ひとつ前の記事で紹介させていただいたご法話の続きで
今日のご法話で頂いた大好きな詩を共有したいと思います。
ども、おつかれさまです
伊丹のおくりびと、はやみんです♪
その詩は
永六輔さんの
「生きているということは」
素敵な詩なのでそのまま紹介しちゃいます
**引用始まり**
生きているということは
誰かに借りをつくりこと
生きていくということは
その借りを返してゆくこと
誰かに借りたら誰かに返そう
誰かにそうして貰ったように
誰かにそうしてあげよう
生きていくということは
誰かと手をつなぐとと
つないだ手のぬくもりを
忘れないでいること
めぐり逢い愛しあいやがて別れの日
その時悔やまないように
今日を明日を生きよう
人は一人では生きてゆけない
誰も一人では歩いてゆけない
生きているということは
誰かに借りをつくること
生きていくということは
その借りを返してゆくこと
誰かに借りたら誰かに返そう
誰かにそうして貰ったように
誰かにそうしてあげよう
誰かにそうしてあげよう
誰かにそうしてあげよう
**引用終わり**
生きていると言うことは
誰かに借りを作ること
それは目に見えている家族や恩師、友人に限らず
目に見えていない様々な人の世話になっているということ
誰かに借りたら誰かに返そう
誰かにそうして貰ったように
誰かにそうしてあげよう
それは恩返しという直接のやり取りを超えて
先人から頂いた恩を次の世代に繋ぐこと
まさに恩おくりだ
7年ほど前
日野原重明先生に伊丹まで来て頂き
「人に時間を使ってもらうのが子供で人に時間を使えるのが大人なんだよ」と
子供達に話して貰った「命の授業」を思い出す。
逆説的に言うと
人は誰かに借りを作らないと生きていけないし
人はその借りを返してゆく事で存在意義が生まれる
普段意識していなくても
必ず誰かの世話になってるし誰かの役に立っている
そこを少し意識するだけで
人の役に立てていること
社会的存在意義があること
そう、
居場所がある事を味わう事ができ
それは生き甲斐につながる。
収穫祭でゾンビになって馬鹿騒ぎしたり
ネズミが住んでる夢の国で非日常をあじわったり
末梢神経を刹那的に楽しませる事より
日常に生き甲斐を持って活き活きと生きる事が大切。
大人が活き活きと生きる事が大切で
その背中を見て育つ次の世代の自殺率もうんと減ると思う。
まさに世代を超えた恩おくりの詩
元浅草の最尊寺の息子として生を受けた永六輔(本名 永孝雄)さんが名乗ったその芸名(元放送作家だからペンネームかな?)に隠された世界
六 輔
六字名号は人を輔く(たすく)
南無阿弥陀仏
阿弥陀さんに助けられ守られて生かされているという仏教感が秘められている
お寺で育った幼少の頃から熏習されているからだろうか
世代を超えて心に響きますね♪