中東情勢について連日報道されています。
思い出されるのが、初めての海外出張でトルコに行った時の事。
1990年6月中旬から3ヶ月間の工場支援で滞在中、気がつけば工場屋上にマシンガンを持った兵士?が何人も立っている。訊ねるとどうもイラクの動向がきな臭いとのこと。案の定8月になってクエート侵攻が始まり、以後朝のミーティングでは緊急時の避難経路等の指示が出される始末。それでも現地の人曰く「イラクのミサイルなんてトルコまで届きやしないから安心してな」と。
そんなもんなのかと訝しげながらも確かに幾度となく中東戦争に直面してきた国ならではのことかと納得。
丁度8月前後は現地の夏休暇もあって工場も1週間程度の生産停止、その間出張日本人等はエーゲ海旅行に。私自身は立ち上げ設備の工事期間が決まっているので居残りになったものの、1日だけ休みを貰って「ブルサ」という都市訪問へ。有名なカッパドキアに行きたいと現地の立ち上げ相棒に相談したら「案内人が付かないと行けない、一人で行くならブルサが良い」とニヤリと笑われる。早速地図片手に一人旅に出発、都市間を結ぶ長距離バスを2度乗り継ぎ無事到着。覚えたての片言トルコ語で「良いところはないか」と訊ねると指差しで「あそこがイイよ」とこれまた笑い・・・行ってみると高い城壁に囲まれた一画、入口には兵士が立っていてパスポートの提示を求められる。ここでもニヤリと笑われて入れて貰えたが、驚いたのは何と文字通りの「トルコ街!」どうりで皆がニヤニヤする訳だ!(昭和世代ならお解りですね)
一通り観て回るのにも2時間程、現地の人に「あの娘がイイよ」場所場所で誘われたもののでっぷりした女性にはさすがに閉口。
トルコの人はどちらかと言えばでっぷり目がお好きなようで、細身の女性は不健康に見えるから敬遠されるとか。場外の市場でケバブを食べたり銀製の一輪挿しを買ったりして帰路についた・・・
この旅を通じて感じたのは、日本人と知るととにかく親切、バスの乗り換えでも行き先を告げると目的のバスまで案内してくれ、乗り換えの時には運転手がわざわざ席に来て次のバスを教えてくれる。市場でも最初は「中国人か?」と聴かれるので「日本人だ」とパスポートを見せると現地の人が買う普通の値段にしてくれたり、さらに「ちょっと奥に来い」と誘われチャイをご馳走してくれたりするので不思議な感覚だったのを今でも思い出す。
(次回に続く)
ではまた、ごきげんよう。