チャレンジ国際プロレスを語る〜タッグ戦線にニュースター | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

1969年3月25日から始まった国際プロレスワールド選抜シリーズ



コアラパンフレットの上のロビンソンさんがイケメン



このシリーズは5月5日で終了ですが、ビルロビンソンは日本滞在の契約が終わり、シリーズ中、IWA世界ヘビー級王座を防衛したのでタイトルは海外流出となったのです。



タッグ王座ではTWWA世界タッグ豊登、サンダー杉山組は順調に防衛を重ねていました。




シリーズではスタンスタージャック、タンクモーガン組の挑戦を受けました。


コアラスタンスタージャックさんは東京プロレス猪木さんのUS王座に挑戦したこともあるね



このタイトル戦は60分3本勝負でしたが、1ー1の後の3本目、外人組の反則勝ちとなったのです。


国際プロレスのルールでは反則を含む判定の場合、タイトルの移動はなく、王者組の防衛となるのですが…



この判定を不服とした王者の豊登、杉山組はタイトルを返上したのです。


コアラあらっ、長く防衛してたのに…



豊登はここで引き下がり、サンダー杉山、ラッシャー木村組とスタージャック、モーガン組で王座決定戦を行い、杉山木村組が勝ち新たな王者となりました。





木村に挑戦権を譲った形となった豊登は、このままタイトル戦線離脱…かと思われましたが、シリーズ終了後、ヨーロッパに渡りました。



豊登はヨーロッパでストロング小林と合流。


IWA世界タッグ王座決定トーナメントに参加したのです。


8チームが参加したトーナメントの決勝戦はフランスはパリで行われました。



決勝は




豊登、ストロング小林

vs

モンスターロシモフ、イワンストロゴフ


コアラあっ⁉︎真ん中のロシモフって⁉︎



そう、このモンスターロシモフこそ、後のアンドレ・ザ・ジャイアントなのです。






つづく



コアラ最後までご覧になって頂き誠にありがとうございます😊宜しければ下⬇️のコアラのバナー(にほんブログ村にエントリーしています)をクリックお願いします🤲

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
にほんブログ村