猛将親父 〜第97話 忠臣との別れ〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。






元春は第一の家臣の福原元正(ふくはらもとまさ)を失った。


元正の遺体の側には長男の元資(もとすけ)、次男の元棟(もとむね)が付き添っていた。


コアラ元棟さんは2年前の永禄11年(1568年)に元服したんだよ



元春「元正はわしを賊から守ってくれた…元棟、元正を日野山城(ひのやまじょう)に連れて帰ってくれ。」


元棟「はい…丁重に葬らせて頂きます。」


元資「父上、元正を斬った賊は…あちらにあります。」



賊の遺体も陣中に運んでいたのだ。



元春は遺体を見ながら、


元春「こやつ…弥助(やすけ)!弥助はおるか?」


忍びの弥助が現れた。




元春「こやつに見覚えはあるか?」


弥助「はい、以前に私を襲い、妹と拉致した者に間違いありません。これが…尼子(あまこ)の忍び、三郎(さぶろう)です。」


元春「やはり…鉢屋(はちや)衆の三郎…弥助、こやつを新山城(しんやまじょう)に返してやってくれ。」


元資「遺体をそのまま返すのですか?首を切らずに?」


元春「返す。三郎も忍びとして命懸けだったのだ。それに報いる…」


弥助は三郎の遺体を新山城の門前に運んだ。








新山城の尼子再興軍の兵が三郎の遺体を見つけるのは、直ぐであった。



山中鹿介(やまなかしかのすけ)は三郎の遺体に驚きを隠せなかった。


鹿介「三郎……一体誰が三郎ほどの腕の立つものを斬ったのだ?」



そこへ三郎の家臣である忍び、太助(たすけ)が現れた。


太助「殿、鉢屋衆の長、三郎様を斬ったのは吉川元春です。」


鹿介「何⁉︎ 三郎は元春を襲ったのか?」


太助「はい…我らが矢を元春、目がけて放ち、三郎様が斬る…しかし、吉川の家臣が間に入り、元春を斬ること叶わず、元春の投げた太刀で…」


鹿介「…無謀だ。元春は猛将、簡単に斬ることはできぬ。それがわからぬ三郎ではあるまい。」



太助は1通の文を鹿介に渡した。


太助「これは三郎様が万が一の時に殿に渡すように言われてた文にございます。」




そこには、三郎が尼子義久(あまこよしひさ)に会い、助け出そうとしたが断られたこと、尼子再興をやめて解散することを命じられたこと、それに対して三郎が絶望感を覚えたこと…が書かれてあった。



そして…


『鹿介様、私は毛利に一矢を浴びせるべく、元春を襲います。この文を殿が見られている時は私か逝ってしまった時です。鹿介様、月はいつまで七難八苦を与えるのでしょうか……』




鹿介は手が震えていた。


鹿介「尼子再興を諦めよと……義久様…」






その後、吉川元春の軍勢と新山城の尼子再興軍は膠着状態となっていた。出雲各地の尼子再興軍は押され、弱体化していた。




元亀元年(1570年)9月、毛利軍の陣に急な報せが入った。


それは毛利元就(もうりもとなり)重病であった…





つづく…




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