国際プロレス改めTBSプロレスが再起動に、いきなり新人の草津がテーズと対戦にマスコミは騒然となりました。
ブッカーであるグレート東郷も草津には荷が重いと豊登を推薦しましたが、TBSが「秒単位でスターを作ってみせる」と押し切ったのです。
東郷さんも草津さんの実力を見切っていたんだね
草津はかつて日本プロレス時代にジャイアント馬場さんの付き人を務めていたが、この記者会見で馬場さんに対し、「今は対等な立場。馬場さんには試合内容で負けないように頑張ります。馬場さんが日本プロレスのエースなら、僕もTBSプロレスのエース。お互いに頑張りましょう。」と発言したのです。
この発言に対し、日本プロレスの社長、芳の里は「東郷さんもTBSもプロレスを舐めすぎだ!」と激怒したのです。
練習嫌いで日本プロレスを逃げ出しただけでなく、アメリカでも大した実績もない草津をアメリカでは大スターとなり、日本プロレスのエースの馬場さんと同格に振る舞うこと自体が許せぬことだったのです。
馬場さんはアメリカでは世界タイトルに連続挑戦したりMSGでメインを張ったりと大スターだったんだよね
日本プロレスは1968年は1月4日からシリーズの開始でしたが、TBSの発表を受け、1日繰り上げて1月3日、蔵前国技館でビッグマッチの開催を発表しました。
蔵前国技館は日大講堂とは川を挟んだところだったのです。
日本プロレスが発表したメインのカードが、
インターナショナルヘビー級選手権
時間無制限1本勝負
ジャイアント馬場
(王者)
vs
クラッシャーリソワスキー
(挑戦者)
ごっつい体で名前どおり「ぶっ壊し屋」って呼ばれていたんだよね
興行は日本プロレスが13時半開始、TBSプロレスが18時半開始でした。
これが世に言う隅田川決戦でした。
試合が近づく中、東郷は草津のトレーナーとなりましたが、アメリカに一時帰国するので、草津にトレーニングメニューを渡しましたが、草津は軽くウエイトトレーニングをするだけでメニューのトレーニングをしなかったのです。
さらに公開練習ではスパーリングをやらず、張りのない体でマスコミは不安を感じました。
上段の1番左が草津さん…薄っぺらい体だね
さらに有頂天になっている草津は馬場さんの16文キックの真似事をして東郷を呆れさせました。
この時、草津のキックを受けていたのが小林省三…後のストロング小林で東郷は小林の素質を見抜き指導し始めたのです。
(上の画像の上段の右から2番目が小林)
つづく
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