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天下を競望せず…
わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。
毛利水軍
1568年(永禄11年)3月に毛利軍(もうりぐん)は伊予国(いよのくに)に渡った。
先んじて小早川隆景(こばやかわたかかげ)の軍勢が上陸した。
今回の毛利軍の大将は隆景さんだね
元春も小早川勢と一緒に行動を共にした。
隆景らは戦場の鳥坂城(とさかじょう)へ行く前に河野氏(こうのし)の居城、湯築城(ゆづきじょう)へ入った。
湯築城で元春と隆景はある女性と会った。
その女性は永(えい)。後の天遊永寿(てんゆうえいじゅ)であり、元春や隆景の姉、しんと宍戸隆家(ししどたかいえ)の長女である。
永って名前はこの物語の創作ですよ
永は幼い頃、厳島の戦いの前に村上通康(むらかみみちやす)に嫁ぎ、湯築城内に館を構えて住んでいたのである。
永「叔父上、お二人とも伊予まで出陣して頂き誠にありがとうございます。」
元春「なんの!それより永…此度は通康殿の急逝、心中察するぞ。」
永「ありがとうございます。我が殿もお二人が来られることをあの世で喜んでいると思います。」
隆景「そなたの父(宍戸隆家のこと)も後に来るから安心されよ。」
元春「我らは先に鳥坂城に向かうぞ。永はこの城を守るのだ。」
永「はい」
元春と隆景は湯築城城主であり、河野氏の当主である河野通宣(こうのみちのぶ)に挨拶をしてから鳥坂城へ向かった。
河野氏第38代当主、河野通宣
この頃、通宣は病を患っており、戦場には出られる身体ではなかったのだ。
この頃の河野氏は独力で伊予国を治めることはできなかったんだよね
小早川軍は鳥坂城へ向かって進軍した。
その軍勢をつけていくものがいることを隆景も元春も気づいてはいなかった…
つづく…
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