猛将親父 〜第25話 小倉山城入城〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次





天下を競望せず…


わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。




元春は家族、家臣を連れ、吉川家の居城・小倉山城(おぐらやまじょう)に入城した。


小倉山城跡(広島県山県郡北広島町)

小倉山城は南北朝時代末期に吉川家8代当主・吉川経見(きっかわつねみ)が築いた城である。

コアラ元春さんのお母さん、美し(よし)さんも小倉山城で生まれ育ったんだよ



元春に同行した家臣の筆頭は元春の幼少期から仕える福原元正(ふくはらもとまさ)である。



元春は小倉山城の本丸から妻の(ゆう)や元正と一緒に周囲を見ていた。


優「夕陽が綺麗ですね。」

元春「うむ。鶴寿丸(つるじゅまる)、ここが我らの領地ぞ。」


鶴寿丸は1548年に生まれた元春と優の男子である。

この鶴寿丸が後の元長(もとなが)…我が兄なのだ。

吉川元長


鶴寿丸は遊びたくてしょうがないようで、

優「鶴寿丸、母とあちらで遊びましょう。」

元春「おぉ、母と遊んでこい。」


鶴寿丸と優は庭に出ていった。


元正「殿、何かお考えですか?」

元春「…元正、するどいな。」

元正「殿とのお付き合いは御台様(優のこと)より長いゆえ…」

元春「城の場所はここでよいのか…を考えていた。我らは尼子(あまこ)に近い地にあるのだ。」

元正「確かに尼子が攻めてきたら守る役目が吉川家です。」

元春「元正、わしは近々、大きな戦が起きるのではないかと思っているのだ。」

元正「大きな戦?なぜそう思っているのですか?」

元春「1年前に山口の大内(おおうち)に行った時のことだ…。」




話は遡る。


1549年2月、元春は父、毛利元就(もうりもとなり)と弟の小早川隆景(こばやかわたかかげ)と山口に下向した。


山口、大内氏館跡



元就らは大内氏館で大内義隆(おおうちよしたか)に挨拶をした。

大内義隆


元就「此度は我が息子までお呼び頂き誠にありがとうございます。」

義隆「よく来た。」



義隆の傍にいたのは相良武任(さがらたけとう)であった。


コアラ相良武任さんは義隆さんの右筆、奉行人として仕えているんだよ。いわゆる文治派だね



義隆に仕える重臣、陶隆房(すえたかふさ)の姿はそこにはなかった…






つづく…






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