日本プロレス崩壊を語る〜NET放送開始〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

国際プロレスから決別されたグレート東郷。


コアラ力道山亡き後の日本プロレスからも縁を切られてるよね



日本進出を諦めていない東郷は1969年1月、ルーテーズと組んで、新たな新団体「トーゴ&テーズカンパニー」を作りテレビ中継を目論んだ。


ルーテーズ(右)



東郷は代理人を通じてフジテレビNET(現在のテレビ朝日)にコンタクトを開始した。(フジテレビは断念)


この情報を知った日本プロレスは企業防衛として、東郷の新団体設立とテレビ中継の阻止に動いた。




日本プロレスが東郷をここまで恐れたのは、法外なブッカー料を取るが、ブッカーとしての手腕を認めていたからであろう。


実際、東郷のブッキングする外人レスラーは超一流だったのだ。



結果的に東郷の日本進出は実現しなかった。



コアラ東郷さんのブッキングで国際プロレスに参加したルーテーズ、ダニーホッジ。他にはハンスシュミット、ワルドーフォンエリックもいたね



日本プロレスはNETに対し「東郷の新団体の中継は中止してほしい。日本プロレスの試合を放送したいのであれば協力する」とアプローチした。



それまで日本プロレスを独占放送していた日本テレビに日本プロレスはNET参入許可を打診し、次の試合を放送しないことを条件にNETの放送を認めたのだ。



その条件の試合は、


ジャイアント馬場さんと坂口征二の試合

インターナショナルヘビー級選手権、インタータッグ選手権の試合

ワールドリーグ戦



1969年5月にNETの日本プロレス放送開始の記者会見を行なった。



タイトルは、


NETワールドプロレスリング


これが今でも続く「ワールドプロレスリング」である。



NETは番組上のエースをアントニオ猪木さんとし、吉村道明、大木金太郎を中心に放送したのである。





NETの放送開始が馬場さん、猪木さんの派閥を作り、日本プロレス崩壊の要因のひとつとなるのであった。





つづく…




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