猛将親父 〜第7話 少数精鋭~ | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次

 

 
 
天下を競望せず…
 
わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。
 
 
 
天文9年(1540年)10月11日、尼子軍新宮党(しんぐうとう)以下、1万の軍勢を動員し、吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)の城下に火を放ちながら城に迫ってきた。
 
 
コアラ尼子の新宮党って尼子国久(あまこくにひさ)率いる尼子精鋭部隊で強かったんだよ
 
これを見た毛利元就(もうりもとなり)は、
 
元就「敵も決死の覚悟で来たな。こちらも覚悟を決めていくぞ。」
 
元就は兵を三つに分けた。第一軍は渡辺通(わたなべかよう)、国司元相(くにしもとすけ)らに兵500を預け、城の西側に伏兵とした。
 
国司元相
 
第二軍は桂元澄(かつらもとずみ)らに兵200を預け、伏兵として南進させた。第三軍は元就自らが兵1,000率い、正面から尼子軍を引き付ける役割としたのです。
 
元就の軍は尼子軍と激戦を繰り広げ、戦いは数刻に渡り両軍とも疲労してきたのだ。
 
その時、
 
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毛利軍は忍ばせた伏兵を左右から突撃させたのだ。
 
尼子軍は、大混乱に陥った。
「うわっ!」
「ぐふっ!!」
「逃げろ!!」
 
毛利軍は尼子本陣の外柵まで破壊し内部まで迫る勢いだったのだ。
しかし、数で上回る尼子軍は毛利軍を押し返したが、500もの兵が討死したのだ。
 
 
 
城に戻った元就は妻、美し(よし)の手当を受けた。他の兵も皆、激戦の繰り返しで傷を得ていたのだ。
そこへ次郎(じろう、後の吉川元春)がやって来た。
 
次郎「父上!やはり、我も戦いに出とうございます。」
 
元就「また、その話か…」
 
次郎「皆、傷つき疲れております。次郎は皆を見てるだけなど、できませぬ!」
 
美し「…殿、私からのお願いいたします。」
 
元就「美し!何を言うのだ!」
 
美し「今、毛利には勢いがありまする。私は次郎の勢いにかけてみとうございます。」
 
次郎「母上!」
 
元就「う~む…」
 
 
その時、
 
「援軍が来た!!」
 
 
ついに大内(おおうち)の援軍が来たのだ…。
 
 
 
 
つづく…
 

 

 

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