団体の色が変わる国際プロレス | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

1966年に設立した国際プロレス

旗揚げ当初はヒロマツダがエースでした。

マツダは外人レスラーのブッカーもしていました。

コアラ旗揚げは当時あった猪木さんの東京プロレスとの合同興行だったんだよね。

マツダ離脱後、グレート東郷をブッカーとなり、

中央がグレート東郷


ルーテーズ、ダニーホッジ、ハンスシュミット…等々、豪華な外人レスラーが参加しました。


コアラ真ん中に若い頃のラッシャー木村がいるね

しかし、東郷が法外なブッカー料を要求したため、揉めて決裂。


国際プロレスは外人レスラールートをヨーロッパに求めました。

その結果、



ビルロビンソンモンスターロシモフ(後のアンドレ・ザ・ジャイアント)らが来日しました。



そしてアメリカではAWAと提携しました。

バーンガニアニックボックウィンクルらが来日。

また、ロビンソンやロシモフが国際プロレスを経てAWAに上がりました。



その後、AWAの提携料が高く、提携を止め、国際プロレスのレスラーの大剛がブッカーとなり、カナダ、カルガリーから外人レスラーが来ました。



結果、


キラートーアカマタジプシージョーら、ラフファイターが多く来日しました。


コアラ当時、エースだったラッシャー木村さんに肌の合うレスラーがラフファイターだったんだね




そして、国際プロレスは崩壊…



来日するレスラーによって団体の色が変わってきましたね。



国際プロレスはヨーロッパ、そしてAWAとの提携時代が1番の全盛期だったと思います。




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