デストロイヤー は優しい表情のイメージがありますよね〜
…がこの⬇️表情
これは1971年の日本プロレスのワールドリーグ戦、対アントニオ猪木戦なんですね。
容易にコブラツイストを決めさせません。
この試合が引き分けでも猪木さんと馬場さんの対決は無くなります。
デストロイヤー にとって引き分けに持ち込むのは容易だったでしょう。
この試合後に行われた馬場vsブッチャーは馬場さんが勝ち、馬場さんがワールドリーグ戦の優勝となりました。
ある意味、馬場さんの壁になったデストロイヤー 。
全日本プロレス初期には日本側に入り、
ブッチャーとの死闘や
ミル・マスカラスとの覆面世界一を争いましたね。
それだけではなく、外人レスラーの査定など、日本側に入ったことで馬場さんのポリス的な役目でした。
馬場さんのポリスであったデストロイヤー 。
馬場さんが亡くなった後の馬場引退記念試合にも来ていましたね。
2人の友情のなせることだと思いました。
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