馬場さんのポリスはデストロイヤー | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

今は亡きザ・デストロイヤー 。


コアラ覆面だけど優しい顔だよね


デストロイヤー は優しい表情のイメージがありますよね〜


…がこの⬇️表情


まさに白覆面の魔王

これは1971年の日本プロレスワールドリーグ戦、アントニオ猪木戦なんですね。


一説にはデストロイヤー は猪木さんと馬場さんの対決を阻止を日本プロレスの幹部から頼まれた…らしい?



容易にコブラツイストを決めさせません。

コアラコブラツイストは猪木さんの得意技なんだよね


この試合が引き分けでも猪木さんと馬場さんの対決は無くなります。

デストロイヤー にとって引き分けに持ち込むのは容易だったでしょう。




デストロイヤー 得意の足4の字固めを決め、そのままリング下へ落ち、両者リングアウトの引き分け。


この試合後に行われた馬場vsブッチャーは馬場さんが勝ち、馬場さんがワールドリーグ戦の優勝となりました。



コアラ猪木さんは無念だよね



ある意味、馬場さんの壁になったデストロイヤー 。


全日本プロレス初期には日本側に入り、


ブッチャーとの死闘や


ミル・マスカラスとの覆面世界一を争いましたね。



それだけではなく、外人レスラーの査定など、日本側に入ったことで馬場さんのポリス的な役目でした。




馬場さんのポリスであったデストロイヤー 。



馬場さんが亡くなった後の馬場引退記念試合にも来ていましたね。


コアラおぉ、ブルーノサンマルチノジンキニスキーもいるね。



2人の友情のなせることだと思いました。




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