全日本プロレスを見せつけたハンセン | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

1992年末にジャンボ鶴田が病で長期離脱、その後も復帰はしましたがメインには戻ってきませんでした。

コアラジャンボが三沢さんらの高い壁って記事はこちらに書いたね⬇️


ジャンボがいなくなり、三沢光晴らの世代に立ち塞がったのが…


スタンハンセンでした。


三沢は90年、92年3月、4月と対戦しましたが勝てず。


ハンセンは三沢ら若い世代を叩き、自らの力を見せつけていました。


しかし、92年8月…




三冠ヘビー級王座に挑戦した三沢はエルボーで初めてハンセンからフォール勝ちしました。

コアラやったね〜




これでハンセン超え!と思ったら、93年のチャンピオンカーニバルで…



ハンセンの馬力が勝り、三沢は負け、チャンピオンカーニバル優勝ならず!



この頃、ハンセンの意地を見た試合が多かったですね。




天龍、ジャンボがいなくなり、ハンセンが全日本プロレスの力を見せた!といった感じでしたね。


ハンセンとしては「この若僧!」といった感じだったのでしょう。




しかし、若い世代が育ち、ハンセンも激しい試合と力の衰えで、メインから外れていきましたが、存在感はピカイチでした。



馬場さんとのタッグは見るべきものがありましたね。


コアラ2人とも、いい笑顔だね




再びメインに出てきたのは馬場さん亡き後の世界最強タッグ決定リーグ戦


満身創痍ながらも、ハンセンは奮い立ち、力を見せてくれました。

コアラ田上さんとのタッグ素晴らしかったね



ハンセンがいたからこそ、三沢らの四天王プロレスがあったと思います。








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