嫌な気持ちになったジャパンプロレス | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

1987年のプロレスを語ります。

コアラ全日本プロレスでとんでもないことが起こったんだよね


全日本プロレスは3月28日にチャンピオンカーニバルが後楽園ホールで開幕しました。


後楽園ホールには長州力の姿がありません。

そして、
※画像はお借りしました。

コアラハッえっ!?何これ?


長州、アニマル浜口、SSマシン、小林邦昭らはシリーズ欠場となったのです。


数日前、長州はジャパンプロレスを全日本プロレスから独立宣言をしたのです。

しかし、これは選手全員や社員の総意ではなく、長州の一方的な宣言だったそうです。


実は選手と経営陣で昨年より内部対立が起きていたのです。




そして、開幕したシリーズに谷津嘉章は参加。ジャパンプロレスは選手間でも対立していたのです。



馬場さんは大激怒!!そしてジャパンプロレスの大塚直樹副会長は長州らをジャパンプロレス追放したのです。

コアラ馬場さんは契約にはキッチリしてるから、長州さんの行動には怒っただろうね




当時、自分はプロレス雑誌でこのことを知り…




…嫌な気持ちになりました。


裏では新日本プロレスが長州に戻ってくるよう動いていた…ようです。

新日本プロレスは現状、UWF軍団が参戦しても興行的に苦しかったのです。




長州らは全日本プロレスだけでなく、日本テレビにも契約があり、その後も揉めていたようです。





結果、新日本プロレスに戻ったのは、

長州力、マサ斎藤、SSマシン、小林邦昭、ヒロ斎藤、保永昇夫、佐々木健介、(デビュー前の馳浩も同様)

全日本プロレスに残ったのは、

谷津嘉章、仲野信市、寺西勇、永源遙、栗栖正伸


アニマル浜口はジャパンプロレスに移籍した時、「今度問題が起きたら辞める」と言っており、その言葉のとおり引退。

コアラでも数年後、少しだけ復帰して、今は道場を開き、気合いだぁー!って叫んでるね。


キラーカーンは海外に渡りWWF(今のWWE)に上がりましたが年内に引退し、今は居酒屋を開いていますね。

カーンさんにはもう少しリングに上がってほしかったなぁ




嫌な気持ちで終わったジャパンプロレス…数ヶ月後、谷津らは正式に全日本プロレス所属となりジャパンプロレスは崩壊したのです。



もう鶴田、天龍vs長州、谷津の素晴らしいタッグ戦は見ることはできませんでした。







さて、長州らがいなくなった全日本プロレスのチャンピオンカーニバルで張り切ったのが

コアラ天龍さん?ジャンボ?



それは次回で。




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