ブロディは何のために新日本に復帰したのか?① | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

1986年のプロレスを語ります。

コアラ今回は新日本プロレス復帰がどうのこうのだね




前年末の新日本プロレスIWGPタッグリーグ戦の決勝を前代未聞のボイコットをしたブルーザーブロディ



コアラブロディはその後、アメリカで活躍したのかな?




新日本プロレスと揉め、トラブルメーカーの名が全米に広がり、アメリカ🇺🇸でも弱小団体やプエルトリコ、親交のあるフリッツフォンエリックのダラスしか上がるリングはありませんでした。

フリッツフォンエリック



ブロディは全日本プロレス復帰を目論み、馬場さんにアプローチをかけましたが、馬場さんは無視したのです。


コアラそらそやろな、馬場さんは裏切りが嫌いだからね。




8月にハワイでのプロレス興行に猪木さん、藤波ら新日本の主力選手が参加し、なんとその興行にブロディも出場していたのです。



試合の翌日、猪木さんがビーチで日光浴をしていると、ブロディが来たのです。

コアラハッオフの日なのに〜






ブロディはわめき散らし、猪木さんと一触即発か!?となりましたが…その場は大事にはなりませんでした。




その後…


ブロディの新日本プロレス復帰が決まったのです。


実はフリッツフォンエリックが間に入り、新日本プロレスの坂口征二と話をしてくれて復帰か決まったのでした。

坂口征二


新日本プロレス側にも事情があったのです。

この時期、新日本はUWFとの抗争をしていましたが思ったよりテレビの視聴率や観客動員数が伸びなかったのです。

コアラ試合は面白かったのに数字に繋がらなかったんだね…




そこでネームバリューのあるブロディの復帰を決めたのです。




そして、ブロディは再び新日本のリングに上がりました。



それは次回で。




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