ブロディは何のために新日本に復帰したのか?② | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

1986年のプロレスを語ります。

コアラ昨日の続きだね。昨日の記事はこちら⬇️



8月にハワイのビーチで猪木さんに会ったブルーザーブロディ 


9月の新日本プロレスのシリーズに電撃的にブロディの参加が決まりました。

9月16日に大阪で猪木さんと、19日には福岡で藤波とそれぞれシングルマッチが組まれました。




⬆️こちらが福岡大会のポスター。

コアラあれ?ブロディがポスターに載ってないね



多分…急遽の参戦でポスターの掲載が間に合わなかったのでしょう。




そして来日したブロディ⬇️



何やらトゲがなくなった感がありますが…猪木さんとのシングルマッチの試合形式で新日本側が3本勝負を申し出たのに対し、ブロディはそれを飲むことはしませんでした。


ブロディは以前ボイコットしたことなど関係なく、自らのプライドを押し通したのです。

コアラブロディはプライドが高いからね。





大阪での猪木さんとの試合は60分1本勝負。



結果は…なんと!


時間切れ引き分け

コアラブロディの試合で時間切れ引き分けってあんまりないよね〜






そして3日後の福岡での藤波との試合


こちらは15分1秒、両者リングアウトでした。



このシリーズ、ブロディはこの2試合のみの参加でした。


その後、年末のタッグリーグ戦の参加が発表され、前田日明アンドレ・ザ・ジャイアントとのシングルマッチも組まれましたが…ブロディは来日直前にキャンセルしたのです。


コアラブロディ、どうしたんだろ…?



9月の新日本プロレス復帰は何だったのか?



一説には昨年のIWGPタッグリーグ戦のファイトマネーを回収するために復帰したともいわれています。





猪木さんが1番扱いに困ったレスラー、それがブロディで「自分の物差ししかない」と回想しています。




プライドの高いブロディとしては新日本プロレスでのやりづらさがあったのでしょう。


しかし、そのブロディと猪木さんとの試合は緊張感があったのは確かでしたね。


コアラブロディは結果的に新日本プロレスから永久追放になったんだよね。






さて、ブロディとの試合を終えた猪木さんにはビッグマッチが控えていました。



それは次回で。



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