ハンセン、チャンピオンベルトを破壊する | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

1986年のプロレスを語ります。


コアラ今回は不可思議なことが起きたんだよね





1986年7月の全日本プロレスの『サマーアクションシリーズ』のパンフレットの表紙がこちら⬇️

スタン・ハンセンAWAのチャンピオンベルトを持っていますね。


コアラハンセンは当時AWAの世界チャンピオンなんだよね




ところが、当時のプロレス週刊誌にアメリカでニック・ボックウィンクルがAWAのチャンピオンで防衛戦を行なっている記事が載っていたのです。


こちらがニックが持っていたAWAのチャンピオンベルト⬇️

コアラ⁇⁇?AWAの世界チャンピオンが2人?




ハンセンは全日本プロレスのシリーズ参加する前にアメリカでニックとの防衛戦があったのですが…


ハンセンが防衛戦をドタキャンしたとしてAWAの会長バーン・ガニアはハンセンのベルト剥奪しニックを新たなチャンピオンに指名したのです。



それにハンセンは激怒し、ベルトを持ったまま日本に来日したのでした。



⬆️来日したハンセンはジャンボ鶴田のインター選手権とのダブルタイトルマッチで勝利し二冠達成したのです。


コアラう〜ん、チャンピオンが2人って変だなぁ…




馬場さんはハンセンを支持したので全日本プロレスでのAWA 防衛戦が実現したんですね。




ハンセンの前のチャンピオンはリック・マーテルでした。

しかし、ベビーフェースのマーテルはファンに支持されず、力量も不足。

そこでAWAはヒール的なハンセンをチャンピオンにしたのです。


しかし、ハンセンは全日本プロレス所属といっていいくらい日本に来ていました。

AWAのアメリカのテリトリーでの防衛戦より日本を優先するハンセンとAWAに亀裂が生じ、今回のことが起きたようです。


コアラなるほどね〜




結局、ハンセンはベルトを返上したのですが…



ハンセンはベルトをひき潰して返上!

コアラあー、ハンセン怒ってる証拠だね。



このベルト、破壊されたままで、その後、使われることはありませんでした。




当時、アメリカでプロレス界はWWF(現在のWWE)が全米侵攻をしており、AWAは有力選手を引き抜かれ、弱体しつつありました。


そんな時に起きた事件、まさに末期の状況ですよね。






その頃、ハンセンの盟友、ブルーザー・ブロディが新日本プロレス復帰⁈



それは次回で。






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