当時、全日本プロレスには全日本プロレス軍、長州力率いるジャパンプロレス、そしてラッシャー木村率いる国際血盟軍と日本レスラーがたくさん参戦していました。
もちろん外人レスラーも来日していました。
1986年3月2日の岩手県陸前高田市民体育館大会を最後に3人のレスラーが消えました。
それは…
第5試合
○マイティ井上 サムソン冬木(10分6秒 逆さ押さえ込み)鶴見五郎 ×アポロ菅原
第6試合
○石川敬士(10分4秒 首固め)×剛竜馬
3人とも国際血盟軍でしたが…テレビ放送にも出たのは…自分が覚えているのは剛竜馬が1回くらいかなぁ
高杉と菅原はセコンドとして出たくらい?
3人は…全日本プロレスから解雇されたのです。
日本人レスラーがたくさんいた全日本プロレス、この後、参戦するレスラーがいて、整理しなければならなくなり…整理解雇されたのが、この3人でした。
不運だったのが国際血盟軍が上がったのと同時期にジャパンプロレスが参戦したことですね。
しかし活躍したのはジャパンプロレス軍、馬場さんは国際血盟軍はラッシャー木村、鶴見五郎のみ残しました。
剛、高杉、菅原の3人が全日本プロレスから消えたことは当時、全く気づきませんでしたね。
それだけ目立っていなかったということでしょう。
ちなみに…高杉は全日本プロレスにはウルトラセブンという覆面レスラーとして初登場でした。

にほんブログ村







