八幡の武将 〜上杉包囲〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️



世は群雄割拠の戦国時代

わしは北条氏康(ほうじょううじやす)です。




1550年、関東管領・山内上杉憲政(やまのうちうえすぎのりまさ)は居城の平井城(ひらいじょう)にいました。

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平井城跡

コアラ平井城は現在の群馬県藤岡市にあったんだよ。


憲政は河越夜戦で我が北条に負け、1547年には武田(たけだ)が攻める信濃国の志賀城(しがじょう)を救援にいきましたが、小田井原の戦い武田晴信(たけだはるのぶ)に大敗したのです。

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武田晴信(後の武田信玄)です。



憲政「平井城に居れば安心するの〜。まだ上杉には関東の武家が付いておるしの〜。」


ところが…


憲政の家臣「殿!!忍城(おしじょう)の成田が離反しましたぁー!」

憲政「なっ、何ぃ〜⁈ 」


成田だけでなく、山内上杉家の代々の家臣までもが離反し我が北条に付いたのです。



綱成(つなしげ)は山内上杉家の家宰・長尾当長(ながおまさなが)を北条側に付けるべく交渉をしていました。

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足利長尾家(あしかがながおけ)の当主・長尾当長です。


綱成は書状を何回も出し根気よく説得していったのです。

そして、

当長「あの北条綱成から、これだけ頼まれたのじゃ。したかたあるまい。わしは北条に付こう。」

長尾当長も北条側になったのです。




我が北条は味方を増やしながら憲政を囲んでいったのです。





そして1551年、我が北条は平井城攻めを始めました。


綱成も軍を率い進軍しました。そこへ忍びの美郎(よしろう)が現れました。

美郎「殿、陣中では飯にお気をつけくだりませ。」

綱成「飯…毒を盛るものがいると言うのか?」

美郎「はい。私も付いて行きます。」

綱成「暗殺者も忍びを放っておるのか?」

美郎「その恐れもありますゆえ。」


しかし、暗殺者は綱成を狙っているので無差別に裏から攻めていたのです。

コアラ怖いね、この暗殺者の攻めは後に新たな悲劇を生むんだ。



我が北条軍は上杉側の武蔵国の御嶽城(みたけじょう)を落とし、いよいよ憲政の居る平井城に迫りました…。












つづく…
コアラ次回をお楽しみに〜











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