9 僕が何となく虚しく感じるのは何故だろう
僕が何となく虚しく感じるのは何故だろう?
それはいつも風が吹いている所為に違いない。
僕は常に今を生きているけど、
その今は、
どの様な過去とも違うし、
どの様な未来とも違うのだろう。
つまり、いつでも今は違っているのだ。
だから今、満足して、幸せだと感じても、
次の瞬間にその幸せは消えてしまう、
そうじゃないかな?
だから僕がいつも幸せだと感じるには、
ああ、今は雨が降っているな〜
草木が喜んでいるだろうな〜
とか、
今日も無事に仕事が終わったな〜
よかった、
とか、
大好きな人にラインしてみたら、
返事が返ってきた、嬉しいな〜
とか、
常に幸せを確認しなければいけないのかも。
常に変化する今という瞬間の流れは
ただの無の流れなのかもしれない。
ただの雄大な自然の流れに過ぎないのかもしれない。
幸せは、
常に自分で作り上げるドラマなのかな?
じゃあ、常に愛を感じられるように、
僕が愛している人たちの夢を見ていよう!
8 僕は病気の根本的原因を突き止めた
僕は病気の根本的原因を突き止めた。
それを教えてくれたのは
あの人。
もうこの年になれば遠慮することはない、
あの人とは
イエス・キリスト。
彼が平和ではなく剣をと言った。
僕はその意味を深く考えた。
僕の人生が
まさに親との戦いだったから。
憎いのに愛している、
こんな分裂的な心を体験しない方が幸せだ。
なのに、
僕が出会う友人たちは皆苦しんでいる。
僕は今、
平和ではなく剣をと
なんでイエスが言ったか理解している。
それは僕の出した答えだ。
偽りの愛が人々を病気にする。
本当の愛が人々の病気を癒す。
7 母親への怒りを抑圧して
母親への怒りを抑圧して
鬱病の根本的原因にしてしまう。
子供は誰でも母親に依存しなければ
生きてはいけない。
母親に愛されなければ生きていけないから
母親の理不尽な躾も受け入れる。
でも、理不尽だと感じた分だけ怒りが生じる。
母親への怒りが増大してくれば
いつか爆発するだろう。
そうでなければ、
押さえつけられた怒りは
自分を浸食する。
鬱病になる。
押さえつけられた母親への怒りを
聞いてあげるのが
老人となった僕の役目なのだろう。
その怒りを愛してあげること、
それが僕ができる革命なのだと思う。