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3 息子も娘も母親のペットではないはずなのに

息子も娘も母親のペットではないはずなのに、

お金を道具に、彼らを自立させず、

いつまでも心の病気にしている。

息子や娘も

母からお金が出て来るので

嫌な社会に出てわざわざ稼ぐこともない。

かといって、

母親の言いなりにもなりたくないので、

不安や怒りに身を任せ

自分の感情を制御できなくなる。

この子は病気なんです!

母親はそう言って、

いつまでも世話をし続ける。

いつまでも

自分の赤ん坊でいてほしい。

そんなことの繰り返し。

恋が冷めれば、

自分が愛されていないことを

母親は知ってしまった。

寂しくて寂しくてどうしようもないから、

息子や娘をペットにしてしまう。

いつになったら

 

愛することを学ぶのだろう?

2 ただひたすら耐えていれば誰だって精神を病む

ただひたすら耐えていれば誰だって精神を病む、

そして精神科を受信して病名を付けられる。

病名が付いたので

確かに休職することはできる。

問題は、その後の復職、および再就職だ。

体調は良くなったものの、

通院は続けている。

だから、自信と活力が出て来ない。

元の環境に戻され、

同じことを繰り返す。

 

そんな相談が増えて来た。

話を聴いていて変だなと思う事、

理不尽な要求をただひたすら我慢して、

過労になり、

自律神経失調症になっただけ。

病気にさせられるまで

なぜ我慢して働いてしまうのだろう。

機械をこき使って

故障したら廃棄する、

これが今の日本の現状だ。

優しさを一体どこに置き忘れてしまったのだろう。

 

1 人に親切にすると自分の人生が豊かになるような気がする

人に親切にすると自分の人生が豊かになるような気がする。

これまでよく生きて来られたなと思う。

戦争体験者ではないけれど、

両親は戦争のただ中で生きて来た人たちだった。

だいぶ後になって直接聞いたことだが、

母は東京大空襲の体験者だった。

離婚をした母は失望して

兄と私を踏み切りまで連れて行ったそうだ。

その話を母から聞いたとき、

小学生だった僕は、

そのとき一度死んだんだと思った。

だからその時以来、死はあまり怖くなかった。

一度死んだ僕は

生きる事に覚悟ができていたのかもしれない。

それ以降、何事も生きるために考えてきたように思う。

もう年を重ね、

人と争い、蹴落とすこともしなくて済むようになれた。

もうお金もないから詐欺にあうこともないだろう。

お金がないと俗世間の人はあまり近づいてこない。

僕が未だにつき合っている友人たちは

お互いに親切に思い合える人々、

いつも安心して交流できる人々、

僕が親切な気持ちをもてば、

親切な人たちが僕の友人になってくれる。

また一つ年を取った、

これからは、

お金がない分

親切な気持ちを大切にしてゆこうと思う。