2023 - 76 年末 | ひで、のブログ

ひで、のブログ

思ったことや感じたことを書き綴っていく日記のようなものを書いていこうと思います。

2023年も終わろうとしています。

終わってしまえば、全てがあっという間・・・

かもしれません。

 

  金剛山~大和葛城山

12月28日(木)
大阪で雪をみたければ金剛山へ行きましょう。
大阪人の大阪人による大阪人のための金剛山。
って言うと、奈良県民に怒られるかな(笑)

 

今年も誰がつくったか様々な雪像が。

 

 

気温は1℃でした。

 

アイゼン持っていってたけど、

出すのがめんどくさくて使わず。

2回滑ってこけました(笑)

 

そして、やっぱり彼らに会いに来ました。

 

食べ過ぎて太ったら飛べなくなるかもよ~(笑)

 

癒しのひととき(笑)

 

そして大和葛城山。

 

なぜか人はいなかった。。。

 

 

  屋島

12月29日(金)
数週間前、
なぜか突然行きたくなった屋島に行ってきました。
木曽義仲の上洛により都落ちした平氏が拠点としていました。
源平の合戦「屋島の戦い」の舞台で、
那須与一の「扇の的」や源義経の「弓流し」が有名です。

表遍路道で登り、旧遍路道で下山しました。

 

山頂付近にある屋島寺。

四国八十八ヶ所霊場の第八十四番札所。

 

開基は鑑真。

後にまおちゃんがきて宗派を真言宗にかえたとか。

(空海の幼名はまお)

平氏が屋島に来た時には、もう屋島寺はあったんですね。

 

けっこう良かった。

 

お守りを買いました。

 

源平が戦った檀ノ浦。

実際は小競り合い程度だったようだけど。

この後、平氏は最終決戦地・下関の壇ノ浦へ。

檀ノ浦(屋島)と壇ノ浦(下関)

 

北嶺の先にある遊鶴亭からの景色。

 

瀬戸内海を一望できます。

やっぱり海はいいな。

 

 

 

下山後に立ち寄った安徳天皇社。

壇ノ浦にて6歳で崩御した安徳天皇を祀っています。

母親の建礼門院は助かったんですよね~。

 

  ​永平寺

12月30日(土)

福井県の永平寺に行ってきました。

 

13世紀に道元が開いた坐禅修行の道場。

大小70余りの建物があります。

 

たくさん人がいました。

 

ちょっと立ち寄った

福井駅近くにある北ノ庄城址。

柴田勝家とお市の方が最期を迎えた場所ですね。

 

  この世界の片隅に

今月初旬あたり?

アニメ映画『この世界の片隅に』

を今ごろ観ました。

その後で原作の漫画を読み、

再度、アニメ映画を観ました。

まさに暇人の極み・・・(笑)

 

戦時中、18歳で広島から呉に嫁いだ

絵を描くことが大好きなすずさんの

日常を描いた作品です。

よくある反戦話と違い、

あまり反戦を読者(視聴者)に押し付けてきません。

静かに訴える、みたいな感じでしょうか。

当時の暮らしはこんな感じだったのかな、

と思いました。

 

時限爆弾で一緒にいた姪っ子を亡くし、

すずさん自身も右手を失ってしまいます。

以降、原作者は背景画を左手で描いていたらしい。

・・・ということを後で教えてもらって

再度読んでみると、

確かに背景画が少し雑になっている。

すごいなあって思いました。

 

玉音放送のあとのことば。

『この国から正義が飛び去ってゆく

暴力で従えとったいう事か
じゃけえ暴力に屈するいう事かね
それがこの国の正体かね
うちも知らんまま死にたかったなあ‥‥』
 
正義のための戦争だと思っていたから
色んな事が我慢できたけど、
戦争なんてただの暴力で、
その暴力に日本は負けたんだ。
自分の右手やたくさんのものを失ったのは、
いったいなんだっんだ、
という意味の号泣かな?
 
この物語は、
何度か「居場所」という言葉が出てきます。
色んなことを自分で決めることができなかったすずさんが、
最後は自分の居場所を自分で決めたので、
成長物語でもあるのかな、なんて。
物語の最後、戦災孤児を家に連れて帰ったのも、
居場所を与えてあげようとしたのかな、
と思ったり(^-^;;
 
呉という地名は、
九つの峰に守られているから、
九嶺→呉
になったらしい。
 
この漫画を読んだ後、
誰かと一緒にご飯を食べたくなりました。
 

  豊臣秀吉の孫

大坂夏の陣で大坂城が落城し、
豊臣家の当主・秀頼の死によって豊臣家は滅亡しました。
豊臣秀頼は正室の千姫との間に子はいなかったけど、
側室との間に子が二人いました。
ひとりは8歳の男子・国松。
徳川に捕まった国松は、京都市中引き回しの後、
斬首刑に処されました。
家康は、よくもまあ8歳の子どもに
そんなかわいそうなことをしたなあって
思うわけですが、
たぶん家康は、
平治の乱に勝利した平清盛が
まだ子どもだった源頼朝や義経を殺さなかったことが、
後の平家滅亡につながったことを
知っていたのでしょう。
ちなみに、秀頼のもう一人の子は7歳の女の子、天秀尼。
家康は千姫の助命嘆願を受け入れるが、
尼寺に入ることが条件でした。
天秀尼は千姫の養女になり、鎌倉の東慶寺に出家しました。
7歳にして、自分の運命を家康に決められてしまったのです。
ということを、最近知りました。
 

  クマについて

今年はクマ出没のニュースが異常に多く、
クマのいる山に行くのは考えないといけないな、
なんて思い始めてきました。
都市型クマとか、
クマは人を恐れなくなったかもしれないとか、
爆発的に増えたとか、
冬眠しないとか、
なんなんですかね(笑)
やはり、人類は怖いんだぞ、
っていうところを見せないといけません。
 
猟銃で撃たれたクマが、
なんとか山に帰還するという
シチュエーション・・・。
 
う、うぅぅ・・・
おい、どうした。誰にやられた。
人間だ、人間にやられた。
人間はもう怖くないんじゃなかったのか。
やつらは飛び道具を使ってくるぞ。
わかった。クマ・ネットワークでみんなに知らせておく。
そうしてくれ、鈴が鳴ったら逃げるように・・・。
 
という風に、
クマが人間を怖がってくれるようになれば
いいんだけど・・・。
 

  その他

17日に予定していた加古川マラソンは
故障のため大事をとって Do Not Start。
次、がんばります。
がんばれたら‥‥。
  

  年末

今年一年、

僕のつまらないブログを読んだいただいた方々、
ありがとうございました。
 
良いお年ををお迎えください(^^)