ひでのブログ -8ページ目

ひでのブログ

おもいうかんだことをいろいろかきます

アーノンクールのベートーヴェン名演集(14枚組)/WARNER
¥10,150
Amazon.co.jp
評価が高かったので買ってみたが,まだ聴きこめていない。
フィンランドのピアノ小品集/ダブリューイーエー・ジャパン
¥2,447
Amazon.co.jp
フィンランドにもいろんな作曲家がいるんだな。今まで聴いたことがない雰囲気だ。
シューマン:クライスレリアーナ/森の情景/日本コロムビア
¥1,200
Amazon.co.jp
森の情景はアファナシエフに似合う曲だと思う。クライスレリアーナは冒頭はすばらしいが,若干尻すぼみな印象。
Rattle Edition: Debussy / Ravel/EMI Classics
¥3,436
Amazon.co.jp
Schoenberg/Berg/Webern/Simon Rattle
¥2,107
Amazon.co.jp
Pelleas Et Melisande Suite 3 / Nocturnes/Dg Import
¥2,141
Amazon.co.jp
ドビュッシー管弦楽曲の最上級の演奏であると思う。これほど妖艶な牧神は聴いたことがない。個人的にアバドといえばオペラの印象が強かったが,ドビュッシーをこれほど共感を込めて演奏するとは思わなかった。
Alicia De Larrocha - The Complete EMI Recordings/Alicia De Larrocha
¥5,459
Amazon.co.jp
スペインの曲にはまだまだ馴染めない。トゥリーナには好印象。
アブラハムに端を発する3つの一神教
イスラム教はユダヤ教と多くの点を共有している。両者の対立が表面化したのは1948年のイスラエル国家設立以降のことである。ユダヤ教とキリスト教はどちらもムハンマド、すなわちイスラム教の正統性を認めない。それに対して、イスラム教はユダヤ教・キリスト教の正統性を認めた上で、これらの一神教に改善を加えるという立場をとる。あるイスラム教の指導者はこう述べている。「時代に即して宗教もアップグレードしていくものだ。例えるならユダヤ教はWord2.0、キリスト教はWord6.0、そしてイスラム教はWord8.0のようなものだ。」とはいえイスラム教ではムハンマドが最後の預言者として預言を封印したとされるため、シーク教やバハーイー教などムハンマド以降の預言はすべて異端とみなされることになる。ほとんどの宗教は従来の宗教を土台にして成立するものであるが、新しい方の宗教の信者にとっては従来の宗教との違いこそがその本質的な部分であるため、そこで従来の宗教との間に諍いが生じることになる。この問題はパスタの茹で加減をめぐるキッチンでの争いに例えられるかもしれない。当人たちは「アルデンテ」について論じているつもりだが、傍から見るともはやそれは「アルデンテ」の問題を超えている。つまるところ、宗教間の対立とは、往々にして教理の解釈をめぐる問題というよりは共同体のアイデンティティに関する問題なのだ。ユダヤ教とキリスト教は教義上では両極に位置しているが、長い対立の歴史を超えて分かり合おうとしている。変わったのは教義ではなく、違いを乗り越えようとする人間の願いだ。
宗教-国家-権力
宗教は大きな力をもっているが,その力は個人だけではなく,その宗教を信奉する人々の共同体全体に対して作用する。そして似た考えを持った信者たちの共同体の境界を確定し,共同体を強化する。宗教という現象全体は権力や争いの口実に過ぎないと考えることは単純すぎるが,宗教を世俗的な目的で利用することは社会や政治の歴史において常に存在してきた。正統性というのは権力を持ちうる思想を定義し,管理していくための権利のことであり,だからこそ宗教は正統性にこれほどまでにこだわってきたのである。これは宗教だけに限ったことではなく,共産主義におけるマルクス思想の位置づけにも同様のことが見られる。正統/異端とは教義の問題というよりも信条と権力との間の関係性の問題なのだ。そして宗教を腐敗させるのは権力である。宗教が国家権力との関係が深いほど,宗教は知的,精神的領域から遠ざかり,政治的領域に踏み込んでいくことになる。そして神学上の教義は国家の利益に適うものになり,国家もまた自己の利益に適う者をその宗教における指導者の地位に据える。これはつい最近までイスラム教よりもキリスト教の伝統の中で起こってきたことである。
寛容性,内包性と排他性
自分たちの信条が唯一無二の真理であり,他は全部間違っていると考える人たちといろいろな信条の共通点を探しだそうとする人たちがいる。これは同じ信条を持つ人たちの中でもしばしば意見が分かれるところである。クルアーンではユダヤ教徒とキリスト教徒は「啓典の民」として言及されているが,イスラム原理主義者は彼らを「イスラムの教えを信じない者たち」とみなす。自分たちの文化や共同体が脅かされている者たちは脅威のもとでも自分たちの文化的遺産を死守するためにその文化の境界線を厳密に描き,教理をより排他的なものとする。寛容性について考えるとき,私たちは本当は神学的な問題ではなく個人の感情,社会心理の要素について考えているのだ。

【考察】
宗教のもつ共同体形成の機能は教義の細部にこそ現れるのではないかと思う。既存の宗教への批判から始まるいわゆる新興宗教は自分たちのアイデンティティを主張するのに神学的な解釈などに関する既存の宗教との本質的な違いを主張するが,新興宗教が主に強調し,人々がそれらについて思い浮かべるのはより瑣末な(瑣末に見える)教義や目立つパフォーマンスであることが多い。飲酒禁止,秘儀,輸血禁止,合同結婚式などがそれだ。少し皮相な解釈かもしれないが,それらは踏み絵のようなもので,他の人々から奇異に思われる教義を守ることで,その一線を越えた者たち同士が自分たちをマイノリティとして孤立させ,結束をより強くする機能をもつ。一度孤立してしまったなら,容易にマジョリティには戻れない。例え疑念が生じても,そしてそれまでに払った犠牲(サンクコストと表現してもいいだろう)を考え,開き直ってその道を貫かざるを得ない状況を作り出す。そうなるともはやそれは神学的な話ではなく,決定的な孤独への恐怖と個人の感情,いわゆる「意地」の話だ。だから宗教の問題の多くは「話せば分かる」タイプの問題,つまり冷静な話し合いや理詰めの議論で解決できる問題ではないのだろう。
国家主義についても同様だ。国家とは一種の仮構であり,そこに確固たる本来性などはない。福沢諭吉が「立国は私なり,公に非ざるなり」と言ったように,国家主義とは崇高な公共理念や哲学などではなく,私情に過ぎない。むしろ私情であるからこそ個人個人にとって重要であるとも言えるのだ。愛国心はあくまで共助の精神に基づくべきであり,決してそれを自己目的化して自分の存在価値の拠り所とすべきではない。ましてそのためにあるグループを敵視したり,ある個人に法外な犠牲を強いたりしてはいけない。そして単なる個人のわがままを「愛国心」「国益の擁護」などと呼ぶべきではない。これがこの国の現状についての私の個人的な心情だ。
パリのヴィルトゥオーゾたち ショパンとリストの時代/ショパン
¥1,995
Amazon.co.jp
史料的価値はさておき,そんなに面白い本でもなかった。
喜ばしき知恵 (河出文庫)/河出書房新社
¥1,260
Amazon.co.jp
ニーチェはfoolである。それでも多くの人を惹きつけてやまない。それは彼が天才だからだ。彼を師と崇めるものもいるだろう。そして当然の成り行きとして,そのうちの多くはすぐに彼に失望し,彼を罵倒するようにさえなるだろう。
かつてニーチェブームというのがあったが,このようにすぐ終息を迎えた。ニーチェの哲学など本来は何の役にもたたない。それどころか多くの場合は有害でしかない。そんなことはじめから分かっているだろうに。。。勝手に盛り上がって,勝手に冷める。ニーチェにしてみればとても迷惑な話だ。

彼の天才は「誰か」のため,「みんな」のために発揮されるような性質のものではない。ただ彼の哲学は「自分」のためにこそあると考えることができるfoolな者のためのもの,そんなfoolな瞬間かぎりのものだ。面白くはないがまともに生きるには,いずれ私たちは理性を取り戻さなくてはならない。いたって当然の話だ。しかしその理性とは主体的にfoolになることができる能力のことであり,foolでない時でさえfoolが単なるバカではないと理解できる能力のことだ。
ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム/春秋社
¥2,100
Amazon.co.jp
ピアニストはすごい。
Thinking, Fast and Slow/Penguin
¥1,430
Amazon.co.jp
ようやく読み終わった。
カーネマンの長年の研究成果が詰め込まれた本というだけあって,とても情報量が多い。それだけではなく,各章の末尾にある応用例や最終章の結論など,構成上の工夫もなされていて読みやすい本である。
人が陥りがちな罠を明らかにすること,少し意地悪だが,これほど愉快なことはなかなかない。私たちが物事を判断する際に,実はかなりいい加減なものを拠り所にしていることに驚かされた。話のネタとしても面白いだろう。また時間があればゆっくり読み返したい
と思う。

【読みかけの本】
A World Without Islam/Back Bay Books
¥833
Amazon.co.jp
本屋でふと目にし思わず衝動買いした本である。
「歴史にifはない」とはよく言われるが,それはあくまで事実としての歴史に関してである。しかしながら,歴史というものを1つのポリフォニックな連続的な流れとしてとらえた場合には,不可避的に突然変異的な事象が出現する。それらを流れのなかに回収するための系譜学的思考にifは欠かすことができない。そして現実の時間の流れは私たちの主観に対しては常に非連続的に現象するものであり,だからこそ現代の多様かつ複雑な問題に立ち向かうには常にifの思考の習慣をつけておくことは大事なのだ。事実としての歴史は死んだ時間への懐古的な眼差しに過ぎない。
「イスラムぬきの世界」という挑発的なタイトルをもつ本書は,もちろん反イスラム主義の書物ではない。中東・マグレブ=イスラム,テロ=イスラム原理主義という過度に単純化されたフレーミングへのアンチテーゼである。こうしたフレーミングは確かに世界をクリアに見せかけ,人を分かった気にさせてくれるのだが,実は結局何も解決しないどころか,問題の解決を先送り,あるいは偏見を強化することにより問題を悪化させているのだ。筆者はもちろんイスラム教とその影響力を軽視しているわけではない。宗教的なファクターを強調しすぎるあまり,イスラム教自体の多様性,あるいはイスラム教成立以前より中東地域に内在する固有の政治的,地政学的なファクターを軽視しがちな「西側」の思考を戒めているのだ。
序文からしっかり期待感を高めてくれる。良書の予感。

8月に読みたい本
ゴンブリッチ「美術の物語」
G.Fuller "A World without Islam"
A.Saint-Exupéry "Le Petit Prince"
スティグリッツ「入門経済学」
西内啓「統計学が最強の学問である」
柳広司「パラダイス・ロスト」
伊藤計劃「虐殺器官」
ジャン・クレ・マルタン「ドゥルーズ」
ティモシー・クラーク「ハイデガー」