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ひでのブログ

おもいうかんだことをいろいろかきます

旅の間にしか読めない本があるとよい。
旅の間にも読める本ではつまらない。なにごとにも適した時と場所があるはずであり,どこでも通行するものなどは結局中途半端な紛い物であるにすぎない。
-『道化師の蝶』円城塔, 講談社, 2011

旅の間にしか「読めない」本というのは少なくともいまのところは,想像の中にしか存在しないが,旅の間にしか書けない本や旅の間にしか見えないもの,旅の間にしか理解できない概念というのは存在すると思う。
前掲書には「飛行機の中で読むに限る」なる想像上の著作が登場するが,強ち理解できないものでもない。同じ川沿いの風景でも,散歩しながら見るのと,ジョギングしながら見るのと,サイクリングしながら見るのと,車窓から見るのでは,受ける印象が全く違う。飛行機の速度で移動しないととらえられないイマージュがあってもいいと思うんだ。

そもそも思考と速度とは密接な関係にあるのではないか。
思考とはメロディーのようなもので,意味をもつのは個々の音ではなくて,音のつらなりの方だ。だから奏でられる速度が違えば,当然意味も違ってくる。ライプニッツとスピノザの速度,カントとニーチェの速度,ハイデガーとドゥルーズ+ガタリの速度…

移り気な感情のもつ固有の速度は,思考のそれよりずっと速い。どんな優秀な知性の持ち主であろうとあるいはどんなスーパーコンピュータであろうと,刻一刻と移り変わる脳内のイマージュを漏らさず描き出すことはできないであろうし,いずれホムンクルス問題に突き当たることになる。

それでも自分の感情のスピードに何とか追いつこうとする試みは決して無駄ではないと思うんだ。しかしそれはいつも孤独な試みになる。


ゆうべ,ふと思い立ってしまったので,
群馬県立近代美術館(群馬県高崎市)へ。

東京メトロ,東武東上線,八高線を乗り継ぎ,
4時間かけて,北藤岡駅(無人駅!)へ到着した。
しかし,実は八高線というのは2両編成で,
小さな駅では1両目の1番前のドアしか開かない。
他の乗客に教えてもらって,やっとのことで下車できた。
おかげさまで車内を走り回ってしまった。はずかしい。

群馬県立近代美術館へは北藤岡駅から2kmほどのところにある。
何しろ私しか降りた乗客がいないくらいだから,
バスもタクシーもあるわけがない。
美術館への案内の看板もない。

烏川


暑いなか,Google Mapをたよりに30分くらい歩いて,
ようやく美術館へ。


これが群馬県立近代美術館か。
いくつもの立方体が連結された形,
大きな窓と表面に貼られたアルミパネル。
内部はコンクリートむきだしであるが,
表面も角も丁寧に仕上げられており,
大きな窓から十分な光が差し込むため,
それほど冷たい印象は受けない。

群馬県立近代美術館 群馬県立近代美術館2

ちなみに今回の企画展はグレゴワール・ソロタレフ展だった。
このちょっといじわるそうで愛嬌のある顔はどこかで見たことがある。
グレゴワール・ソロタレフ展

庭園も見なくてはいけなかったのだが,
そして館内の喫茶店でずいぶんと待たされたため,
バス停まで走らされる羽目に。
新品の靴に無理やり押し込んだ足が悲鳴を上げている。

倉賀野駅から高崎線に乗り,
埼京線,京王線経由で仙川へ。
すっかり夕方である。
久々の仙川だが,夕方の街並みを眺めるのも悪くはあるまい。
仙川駅南口の通称「安藤忠雄ストリート」を歩く。
居住性も含めると,賛否両論であるが,
街は住む人が作るものだ,とも言われる。
いつかはこんな街に住んでみたいものだとしみじみ感じ入ってしまう。


東京アートミュージアム

島忠ホームズの「はなまるうどん」できつねうどんをすすって,帰途へ着く。
これにてフィールドワーク終了。
計画的な旅もいいが,こういう旅もまたいい。