早くも過食できない寂しさにちょくちょく悩まされました。
まあ、毎日当然のようにやっていたわけですからそれも当たり前の気持ちでしょう。
ゆっくりしっかり食べれば衝動はおさまる。
吐かなければ衝動はゆるむ。
ただそれだけを信じて夜までこぎつけました。
実際、当たり前のものを食べると衝動がいったん消滅します。
この先過食できなくてどうしようという不安も消えます。
しかし、この段階はこれまで何度も経験したものです。
そのうち、じわじわと体重が増え始め、イライラもつのり、
一回くらい許して頂戴!という気持ちに抗えない時が来るのです。
ダイエット中に体重の減少がストップに失望して挫折するのと同様に、
この辛さを乗り切れずに過食が再スタートするのです。
今回、今までと違うのは医者という見張りがいることです。
報告せねばならない相手がいるということ。
そしてその相手がなかなか手ごわいということです。
頭がきれてごまかしや泣き事は通用しそうにない。
同情や優しい言葉も望めそうにない。
(あくまで私の勝手なイメージづけです。先生の本当のお気持ちは知る由もありません。。)
元来、優等生であることにこだわるところのある私にはこの環境が役立つかもしれません。
先生によく頑張っていると思われたい。
かしこい人だと認めてほしい。
それには成果をあげるしかない。
アホみたいな子供じみた動機です。
しかし、ここまで来たら動機がどうあれ、とにかく過食嘔吐が止まればよいのです。
そう思っています。
自分のその幼稚な性質にある意味期待しています。
過食が改善に向かい、当たり前の社会生活が送れるようになること。
他のことはすべて後回しにするくらいの図々しさで取り組めたらと思います。
だいぶ日が空きました。
元通りの過食の日々を送ってまいりました。
年末に予約をとっていた、心療内科へ行きました。
仕事を辞める時期に合わせて予約をとっていた病院です。
かねてから摂食障害が専門と聞いていたある先生の診療所です。
いつか行ってみようと何年も前に思っていたところです。
初診の感想は、なかなか手厳しい!といった感じです。
病気の経緯などをある程度ヒアリングしたのちに、いよいよ治療についての話となり、
まずは
「結論から言えば、吐くことをやめないと過食の衝動はなくなりません」
まずは、吐くことを止めること。簡単ではない。」
とのお言葉をピシリといただきました。
これは推測ですが、私の態度(精神状態)やこれまでの経緯などを見て、今や精神的な問題というよりも、習慣を断ち切ることが先決であると判断されたのではないかな、と思ったりしました。
単にそういう方針なだけかもしれません。
「難しい話をすれば、吐くことで〇〇〇という物質が出て、さらなる過食の衝動を生みます。
たとえば少しでも吐くことを遅らせたりするだけでも、衝動が減ることを実感できる。
これを続けて、もし3か月続けることができると衝動はほとんどなくなります。
まずは、この感覚を実感することが大切。
ただし、少なからず太ります。
省エネモードに入っているため栄養を取り込もうとする、
また水分を取り込もうとしてむくみも出てきます。
だから辛いと思います。
その時期のあとに、体が正常に機能し始める。」
ざっとこんな内容だったと思います。
精神面でのカウンセリング的なことは一切なしと言ってもいいくらいでした。
なんだか怒られてるみたいで少し傷つきながらも、一方では、自分が求めていた助言であることがうれしくも思いました。
理論的に、科学的に、過食のメカニズムを説明されて、実質的な行動を指示されたわけです。
幼稚な話ですが、叱られると頑張る気になる私です。認めてもらいたいとか、怒られたくないとかそういう欲求がムクムクとわいてきます。怒られることや軽蔑されることへの恐怖感もわいてきます。
どうも能動的に自主的に頑張ることができないので、この際この厳しい先生に出会えてよかったとおもいます。
しかし、もっと若いころの私だったら、ひたすら傷ついて通うのをやめていた可能性もあります。それは、自分の病気が精神的なものが大きな原因だと信じていたから。間違いではないのかもしれませんが、その観点からの治療はことごとく効き目がありませんでした。治療方法にも納得していなかったし、カウンセリングで何を話してもすっきりせず、進展を感じられないことにいら立ちを感じていました。
そして、いつしかあきらめの境地になりここまで引きずってきたわけです。
その間年もとり、考え方も少しずつ変わり、自分の過食症についても見方が変わってきました。
精神的な影響がゼロとは言わないが、自分は「心の病気」ではないと確信を持つようになりました。
もちろん、精神的に問題はあります。人には言えない性質も持っています。人よりも変わっているとも思います。しかし、それは病気のレベルではないのです。
そこを勘違いして、精神面のフォローに重きを置いている限り、この過食症は治らないと思うのです。
私の場合。
ですが一人で考えていると、気持ちが揺れ動き、いろんなことが気になり、やはり心の問題なのかなとか、私は甘えているとか、そういった具合にどんどん考えがぶれていってしまいます。
「ほかのことはいいから今はコレをやれ」と専門家に言いきってもらえると、その専門家の説明に自分が納得さえできれば、余計なことを考えずに済むのでずいぶん楽になります。
受験勉強の時、塾の先生に、ひとまずこれだけやっておけば間違いない、と言ってもらいながら勉強した感覚を思い出します。
私は精神的な面について他人に何か言われてもなかなか信じることができませんが、理論的・効率的な考えや説明にはかなり興奮を覚える性質です。
さて、今日は新しい治療の開始に高揚していることもあり、吐かずに乗り切れました。
この先どれだけ、助言に従って行動できるか。
テンションがあがっている今は何とも言えません。
ただ、一回一回の吐きたい気持ちと戦うだけです。
元通りの過食の日々を送ってまいりました。
年末に予約をとっていた、心療内科へ行きました。
仕事を辞める時期に合わせて予約をとっていた病院です。
かねてから摂食障害が専門と聞いていたある先生の診療所です。
いつか行ってみようと何年も前に思っていたところです。
初診の感想は、なかなか手厳しい!といった感じです。
病気の経緯などをある程度ヒアリングしたのちに、いよいよ治療についての話となり、
まずは
「結論から言えば、吐くことをやめないと過食の衝動はなくなりません」
まずは、吐くことを止めること。簡単ではない。」
とのお言葉をピシリといただきました。
これは推測ですが、私の態度(精神状態)やこれまでの経緯などを見て、今や精神的な問題というよりも、習慣を断ち切ることが先決であると判断されたのではないかな、と思ったりしました。
単にそういう方針なだけかもしれません。
「難しい話をすれば、吐くことで〇〇〇という物質が出て、さらなる過食の衝動を生みます。
たとえば少しでも吐くことを遅らせたりするだけでも、衝動が減ることを実感できる。
これを続けて、もし3か月続けることができると衝動はほとんどなくなります。
まずは、この感覚を実感することが大切。
ただし、少なからず太ります。
省エネモードに入っているため栄養を取り込もうとする、
また水分を取り込もうとしてむくみも出てきます。
だから辛いと思います。
その時期のあとに、体が正常に機能し始める。」
ざっとこんな内容だったと思います。
精神面でのカウンセリング的なことは一切なしと言ってもいいくらいでした。
なんだか怒られてるみたいで少し傷つきながらも、一方では、自分が求めていた助言であることがうれしくも思いました。
理論的に、科学的に、過食のメカニズムを説明されて、実質的な行動を指示されたわけです。
幼稚な話ですが、叱られると頑張る気になる私です。認めてもらいたいとか、怒られたくないとかそういう欲求がムクムクとわいてきます。怒られることや軽蔑されることへの恐怖感もわいてきます。
どうも能動的に自主的に頑張ることができないので、この際この厳しい先生に出会えてよかったとおもいます。
しかし、もっと若いころの私だったら、ひたすら傷ついて通うのをやめていた可能性もあります。それは、自分の病気が精神的なものが大きな原因だと信じていたから。間違いではないのかもしれませんが、その観点からの治療はことごとく効き目がありませんでした。治療方法にも納得していなかったし、カウンセリングで何を話してもすっきりせず、進展を感じられないことにいら立ちを感じていました。
そして、いつしかあきらめの境地になりここまで引きずってきたわけです。
その間年もとり、考え方も少しずつ変わり、自分の過食症についても見方が変わってきました。
精神的な影響がゼロとは言わないが、自分は「心の病気」ではないと確信を持つようになりました。
もちろん、精神的に問題はあります。人には言えない性質も持っています。人よりも変わっているとも思います。しかし、それは病気のレベルではないのです。
そこを勘違いして、精神面のフォローに重きを置いている限り、この過食症は治らないと思うのです。
私の場合。
ですが一人で考えていると、気持ちが揺れ動き、いろんなことが気になり、やはり心の問題なのかなとか、私は甘えているとか、そういった具合にどんどん考えがぶれていってしまいます。
「ほかのことはいいから今はコレをやれ」と専門家に言いきってもらえると、その専門家の説明に自分が納得さえできれば、余計なことを考えずに済むのでずいぶん楽になります。
受験勉強の時、塾の先生に、ひとまずこれだけやっておけば間違いない、と言ってもらいながら勉強した感覚を思い出します。
私は精神的な面について他人に何か言われてもなかなか信じることができませんが、理論的・効率的な考えや説明にはかなり興奮を覚える性質です。
さて、今日は新しい治療の開始に高揚していることもあり、吐かずに乗り切れました。
この先どれだけ、助言に従って行動できるか。
テンションがあがっている今は何とも言えません。
ただ、一回一回の吐きたい気持ちと戦うだけです。
前回の日記からこれまで。
過食のない日はゼロ。
がんばって夕方までとか。
徐々に元通りに戻ってしまった。
情緒不安定具合もけっこう最悪な状態。
先を思うと辛くて泣けてくる。
少しだけたまった貯金もどんどん切り崩してしまった。
こんな日々でも楽しいこともあるにはあって
ただ、そんな時でも裏側の生活の過食と出費とお金のなさとヒステリックな自分に
思いがまわって楽しみ切れなかったりする。
自分の場合、この病気はわがままの延長という一面もあると思っている。
いろんなことに我慢できない自分。
ちょっと物事が思い通りにいかないとイライラしてヒスをおこす自分。
その延長にあるのが過食だったのではないかなと。
それだけではないかもしれないけど、自分が幼稚であることは間違いない。
仕事を辞めることにした。
どうにもイライラしてだめだ。
会社も会社の人々も嫌い。心底疎ましてくてならない。
朝からずっと腹を立ててばかり。
そして、そんな自分に激しく自己嫌悪する。
そんな一日。
昼ごはんから過食がはじまり、夕方にも何か買い込んで食べて吐く。
家に帰ってもちろん食べて吐く。
なんなら帰り道にも食べて吐く。
みたいな日々。
これがもはや会社のストレスのせいなのかなんなのかもわからない。
辞めて生活が変われば一時的には和らぐかもしれないが
また生活がマンネリ化したらひどくなるのもなんとなく予想される。
辞めて、本気で治療していかないと私の未来はまっくらなんだと思う。
自信がないのはいつものこと。
とにかく 考えてみる。
過食のない日はゼロ。
がんばって夕方までとか。
徐々に元通りに戻ってしまった。
情緒不安定具合もけっこう最悪な状態。
先を思うと辛くて泣けてくる。
少しだけたまった貯金もどんどん切り崩してしまった。
こんな日々でも楽しいこともあるにはあって
ただ、そんな時でも裏側の生活の過食と出費とお金のなさとヒステリックな自分に
思いがまわって楽しみ切れなかったりする。
自分の場合、この病気はわがままの延長という一面もあると思っている。
いろんなことに我慢できない自分。
ちょっと物事が思い通りにいかないとイライラしてヒスをおこす自分。
その延長にあるのが過食だったのではないかなと。
それだけではないかもしれないけど、自分が幼稚であることは間違いない。
仕事を辞めることにした。
どうにもイライラしてだめだ。
会社も会社の人々も嫌い。心底疎ましてくてならない。
朝からずっと腹を立ててばかり。
そして、そんな自分に激しく自己嫌悪する。
そんな一日。
昼ごはんから過食がはじまり、夕方にも何か買い込んで食べて吐く。
家に帰ってもちろん食べて吐く。
なんなら帰り道にも食べて吐く。
みたいな日々。
これがもはや会社のストレスのせいなのかなんなのかもわからない。
辞めて生活が変われば一時的には和らぐかもしれないが
また生活がマンネリ化したらひどくなるのもなんとなく予想される。
辞めて、本気で治療していかないと私の未来はまっくらなんだと思う。
自信がないのはいつものこと。
とにかく 考えてみる。
かなり普通に過食している。
先週木曜に挫折して以来。
回避する気がなくなって、考えるのもおっくうになって。
湯水のように金をつかう。
今できること。
あきらめないこと。
心の奥であーこんなのいやだとくすぶっている思いと向き合うこと。
さて、ここに書き込んだことで少しでもやる気が出ますように。
今日はお昼をやり過ごせるように。
何かの弾みがつけられるように。
今夜を穏便に過ごせるように。
お願いします。お願いします。
決意が必要だ。
先週木曜に挫折して以来。
回避する気がなくなって、考えるのもおっくうになって。
湯水のように金をつかう。
今できること。
あきらめないこと。
心の奥であーこんなのいやだとくすぶっている思いと向き合うこと。
さて、ここに書き込んだことで少しでもやる気が出ますように。
今日はお昼をやり過ごせるように。
何かの弾みがつけられるように。
今夜を穏便に過ごせるように。
お願いします。お願いします。
決意が必要だ。
結局雨が弱くなったし早く帰れたしで
一度帰ってごはんを食べて自転車でかけた。
今日はけっこうやばかった。
なんだか我慢とか乗り切るとか計算とかに疲れて
モヤモヤしていた。
過食しないことの喜びよりも疲れがまさって
衝動がむくむくしてた。
そのたびに過食しないことで得るメリットのことを思い出したり、
歯磨きしたり水を飲んだり、あめをなめたりしてなんとか持ちこたえた。
何度も過食に傾きかけた。
これくらいの軽めの衝動を許すか、
何かで紛らわす努力をするかが今の私の課題。
気分ものっていて、食事が普通にできる喜びにウキウキしているとき
に食事をきちんととったり過食衝動を回避するのはまだ簡単なことだ。
衝動がむくむくしてきたときが問題。
前回はむくむくすること自体がストレスでがっかりして
こんな時は仕方ないんだと許してしまった。
まぎらわす努力が億劫だし、そんなことしないといけないこと自体に憂鬱になった。
そして徐々にエスカレートしながらずるずると10日くらい過食が続いた。
過食の克服はそこらへんが重要なところなのだろう。
一生この衝動がつきまとう不安にさいなまれるのだ。
実際問題、この衝動がなくならなければ一生我慢し続けなければいけないわけで辛い。
けれど、これが回避し続けていくうちになくなるか、小さくなるものであれば
努力する甲斐もある。
4年前、禁煙した経験がある。
吸いたくなるたびに
「この衝動はニコチン中毒のせいであって
2週間すればニコチンは完全になくなり、その後吸いたくなっても
それは長年の習慣のせいであって吸わなければいずれ衝動はなくなる」
と自分に言い聞かせた。
なくなると確信することで頑張れた。
過食衝動もこれと同じに考えてみる。
たばことはわけが違うのはわかっているけれど、応用してみる。
たぶん、いつかは耐え切れずに挫折する日がくるだろうけど、
それまでの期間をいかに延ばせるかが大事だと思う。
本日:1650kcalくらい
一度帰ってごはんを食べて自転車でかけた。
今日はけっこうやばかった。
なんだか我慢とか乗り切るとか計算とかに疲れて
モヤモヤしていた。
過食しないことの喜びよりも疲れがまさって
衝動がむくむくしてた。
そのたびに過食しないことで得るメリットのことを思い出したり、
歯磨きしたり水を飲んだり、あめをなめたりしてなんとか持ちこたえた。
何度も過食に傾きかけた。
これくらいの軽めの衝動を許すか、
何かで紛らわす努力をするかが今の私の課題。
気分ものっていて、食事が普通にできる喜びにウキウキしているとき
に食事をきちんととったり過食衝動を回避するのはまだ簡単なことだ。
衝動がむくむくしてきたときが問題。
前回はむくむくすること自体がストレスでがっかりして
こんな時は仕方ないんだと許してしまった。
まぎらわす努力が億劫だし、そんなことしないといけないこと自体に憂鬱になった。
そして徐々にエスカレートしながらずるずると10日くらい過食が続いた。
過食の克服はそこらへんが重要なところなのだろう。
一生この衝動がつきまとう不安にさいなまれるのだ。
実際問題、この衝動がなくならなければ一生我慢し続けなければいけないわけで辛い。
けれど、これが回避し続けていくうちになくなるか、小さくなるものであれば
努力する甲斐もある。
4年前、禁煙した経験がある。
吸いたくなるたびに
「この衝動はニコチン中毒のせいであって
2週間すればニコチンは完全になくなり、その後吸いたくなっても
それは長年の習慣のせいであって吸わなければいずれ衝動はなくなる」
と自分に言い聞かせた。
なくなると確信することで頑張れた。
過食衝動もこれと同じに考えてみる。
たばことはわけが違うのはわかっているけれど、応用してみる。
たぶん、いつかは耐え切れずに挫折する日がくるだろうけど、
それまでの期間をいかに延ばせるかが大事だと思う。
本日:1650kcalくらい