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過食と私

摂食障害のブログです。過食症の克服を目指しています。

3日前からタバコもやめました。

これがショックな話なのです。
実は私は禁煙に成功して6年くらいになります。
ところが、昨年暮れくらいから少しずつ吸うようになり
今年に入ってからはすっかりもとのスモーカーに戻っていました。

仕事にイライラしすぎたことと、
食欲が抑えられるような気がしたことがきっかけでした。
食欲がおさまれば経済的にも助かる。
そんなことは初めのうちだけでしたけど。

彼氏が吸うので少しもらったりしながら本格的にはまりました。
以前やめたときのやり方でいずれやめるだろうと思いながらズルズル続きました。
正直、体調は悪くなります。
吸いたいという欲求は吸うことですっきりするものの
必ずと言っていいほど気分は悪くなる。
くらっとくることもよくあります。

3日前、なぜか異様に体がだるい日があり、これはタバコのせいかもしれない。
と思いました。
せっかく毎日嘔吐せずにしっかり食べているのに元気にならないのではおもしろくありません。
そこで、その夜から禁煙しました。
最初は半信半疑。
しかしかつての禁煙経験から
吸いたいという気持ちは一時的なもので
吸わなければそのうち消えることを知っていたので
それをまた信じることにしました。

とにかく私は元気になりたいのです。

翌日、半日ほど乗り切れたので、外出先でタバコの残りを箱ごと捨てました。
ライターも処分しました。
やはり手元にあると思い出してしまいますから。

禁煙ふたたび成功させたいです。
昨日はほんとに一歩手前でした。

送別会でかなり酩酊してしまい、後半記憶があまりないくらいです。

朝、ベットで目が覚めて、ぎょっとしました。
昨日あれから嘔吐したのかどうか記憶がないからです。
けれど、胃の中がすっきりしてないからきっと吐いてないんだろうなと思いました。

それでは過食はどうなのだろう。
帰りに買い込んでないか。

するとありました。
コンビニ袋が二つ。
中身を見るとお弁当類2つにシュークリーム2つ他数点、ビール2本。
食べずにそのままになっていることにホッとしました。
眠さに負けてベットに倒れこんだのでしょう。

しかし、そのあとゴミ箱でカツサンドの空箱とフライドチキンの食べあとを発見して
ショックでした。
私の胃の中にこれだけのものが・・・
しかもそのまま寝てしまったのか・・・・。

酔った頭でも吐いてはいけないとブレーキをかけたのでしょうか。
やけくそになっていたのでしょうか。
いずれ嘔吐するつもりだったのでしょうか。

結果的に回避できており、ホッとしました。

昨日飲みに行きました。
串もの中心の居酒屋です。
けっこう食べました。
お酒も5杯くらい飲みました。

吐くのかな・・という不安はありました。
だけど少しだけでした。
吐かないと決めているからでしょうか、
先生に、吐くことが次の過食を生む、と言われたからでしょうか。

気を付けたことはゆっくりだらだら食べること。
カロリーはもちろん気になりますが、2つに一つは食べたいものを注文し、
出てきたものは食べたければ食べようということ。
こまごま計算しないこと。

この3日間で外食も何度かしていたので、
ゆっくり食べればある程度のところでそれなりの満足を感じられると思うことができました。

これが普通の飲み食いの感じかな、などと頭のすみでぼんやり考えながら。

結構酔って、なんだか飲み足りず、
過食してしまいたいような気持ちも少しわきました。

過食の小さな欲求も何かをゆっくりつまめばおさまるだろうと考え直して、
コンビニで漬物盛り合わせとビールを買って帰りました。

食べてしまっても、吐きたくなるほどの後悔を少しでも抑えられるように。
ネットをしながら、つまみました。
それでもやっぱり、癖とは恐ろしいものでついつい嘔吐を思い浮かべてしまいます。

ダイエット的にはずいぶんよろしくない一日となったのですが、
結局そのまま寝ました。


翌日の今日考えれば考えるほど飲みの後に吐かなかったことがうれしくなりました。
普通に居酒屋の高カロリーメニューをパクパクと食べて
飲みたいだけ飲んだのに、吐かなかった。
そして当たり前のことだけど、いつまでも昨日の満腹感やけだるさを引きずるわけもない。
今日いきなり太っているわけでももない。
少し食事に気を付けたくらいで、昨日のことはとくに問題になりません。

多くの人には当たり前のこの感覚が、自分には大きな収穫になります。


これも体験です。
正常な食生活の体験。
頭で理屈を理解していても、なかなか乗り越えられないものたち。
こうやってひとつひとつ体験していきながら本当に理解するのだろうと思います。
いい子すぎるな、私。

いい子の時にはいい子の発言を。
冴えわたる脳をもってして。


実際の自分を見失っているのか。
猜疑心にさいなまれながら。

まあ、いいか。
のりのいいときにのっとく。
それしかできないから。



先ほど飲みから帰ってきました。
吐きませんでした。
吐いたら終わりなきがします。

こんなことを耐えられるのも、社会生活がないからです。
それでもよしとします。
それでもよしとします。
吐かない実績を積み重ねる。
今はそれしかないのです。

太っても。

はあ、なんか悲しくなります。
酔っているからでしょう。

この悩ましい毎日とか
今日の会話の一つ一つとか。
なんだか悲しく虚しいです。

ではまた明日。
昨日の記事に

「今までと違うのは医者という見張りがいること」

と書きましたが、細かく言うとそれだけではありません。

2年半勤めた仕事を辞めました。
現在は有給消化中で気楽な身です。

理由はいろいろあれど、とにかく職場がいやで辞めました。
この職場で一生やっていくと考えるととても憂鬱になり、頑張る意欲がなくなる。

しかし、一方では世間の人々はこんな思いを抱えながら生活のために頑張っているのに
私は社会人失格なのではないか、とも思います。
しかも私はいつも同じような気持ちに陥って会社を辞めてしまうのです。
主な職場で言えば、今回辞めたのは3度目です。

さらに言えば、過食のせいで貯金もほんのわずかしかありません。
辞めて無職の間に過食が同じペースで続けば、文字通り破産です。
そうなると私はあさましい行動に走ってしまう。

今の、過食嘔吐を続けながらも、かつかつその日をおくれている生活と
転職できたとしても今よりも収入が減り、過食が治る見込みも不透明な退職後の生活、
これらを天秤にかけてずいぶん悩みました。

いつも辞めたばかりの時期は解放感に浸って、次の人生こそうまくいくような気がするものです。
けれどそのうちどんどん不安と劣等感がつのって焦りの毎日になる。
次の職場が決まるまでの期間が延びれば延びるほど自分の社会性に自信を失っていく。
何度も経験したそのような流れも想像しました。

私は将来結婚したいと考えています。
そのためには、何よりも過食症を治すことが先決。
私にっとは、この病気を抱えたまま他人と生活を共にすることはできません。
罪悪感でやっていられなくなると思うからです。
ただでさえいろんな劣等感がある上に、経済面で他人に迷惑をかけるとなると、
相手に対して私は自分を失ってしまうでしょう。

いろいろ考え併せて「病気治療を優先したいから辞める」ということにしました。
少し言い訳じみた感覚も感じながらそうしました。

甘い考えのようで人には言えませんが、この病気という足かせがあるのだからある程度の
言い訳は許してもらおうという開き直りもあります。

しかし逆に言えば、このチャンスを絶対に生かさなくてはならないという
責任が課せられたことにもなります。

この気楽な期間になんとか筋道を立てないと今度こそ許されないぞ、という気持ちはあります。
やはり、大人として、社会人として自分の不甲斐なさはどうしたって申し訳ないし恥ずかしいですから。
親に対しても、周りの真剣に働いている人に対してもそういう気持ちはぬぐえません。

もちろん本来は自分の幸せの為に治すべき病気ですが、私の場合、
その方向にばかり考えるとだんだんいろんなけじめがあいまいになってしまいます。
誰かへの罪悪感はブレーキになっていると思います。


もしも、今のストレスレスな生活の中で治療がうまくいったとしても
また何かの困難(職場にまた不満を抱いたり、あるいはもっと他のことでも)にぶつかったとき
もとに戻ってしまうのではないか、という不安はあります。
当然あります。

だから今、私は土台を作っているのだと思うことにしています。
まともな食生活と身体機能を取り戻し、まともな精神状態を取り戻す。
この土台の上で、また社会と向き合わなければいけないと考えています。