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過食と私

摂食障害のブログです。過食症の克服を目指しています。

パートで社会復帰して3年半ほどその会社で働きました。
働き始めた時は、2年前より10キロ体重が増えていました。
太っているのが辛かったですが、その感情は乗り越えようと思って頑張っていました。

ニート前と違うところは、朝と昼はきちんと食べるということでした。
フラフラしながら働くのはもう二度とごめんだと思っていたので、昔の体重は諦めていました。

復帰してしばらくは体がなまりきっていたので本当につらかったです。
それまでが半分寝たきりの生活です。
通勤もつらい。
椅子から立ち上がるのもつらい。
座っているのもつらい。
階段に至ってはもう、試練でした。
もう私の体力は戻らないのではないかと何度も不安になりました。

そのころ、克服に向けて頑張っていました。
初めて自分で克服しようと決意して、いろんなブログを読みました。
自分もブログをつけながらはりきっていました。
でも挫折を繰り返して、いつしか完全にあきらめてしまいました。
無理だ。
過食嘔吐ありきですべてを考えていこう。
そんな心境になっていきました。

人の道を外れなければ、自分のお金で過食する分には罪ではない。
最終的にはそんなところに行きつきました。

もうこの病気の克服にチャレンジする気力がありませんでした。
そのうち罪悪感もほとんど感じなくなっていきました。
過食嘔吐は生活の一部です。
何をするにも過食嘔吐でした。
読書、映画、テレビ・・。
そして常に時間とお金がない日々がまた続くことになったのです。

パートの面接に行きました。
ある不動産会社の一般事務です。

その翌日、応募辞退の連絡をしました。

理由は過食嘔吐が復活する恐れがあったからです。

面接に行くと社長が面談してくれました。
仕事の内容を聞いたりして、会社の雰囲気を感じました。
これまで3社で働いた事がありますが、その経験からなんとなくマズイ予感がしました。
偏見や恐怖感のせいもありますが、
自分がストレスでいっぱいになる姿が目に浮かんできたのです。
しかし、家から近いし給料の条件がかなりいいので迷いました。
それで繰り返しその会社で働く自分を想像してみました。
でもやっぱりおだやかな自分は想像できません。

その帰り道、いつもより強めの衝動が襲ってきました。
「食べたい食べたい。けど過食嘔吐はダメだ。でも食べたい」
自転車で帰る道々ずっとそればかりです。
出かける前に朝ごはんを食べてまだ2時間くらいで、お腹はそんなにすいていないけど食べたい。
少し前なら間違いなく過食嘔吐の流れです。

家に帰って、とりあえずご飯とみそ汁を用意して食べました。
なるべくゆっくり。
そしてネットに熱中するうちに、衝動がなくなりました。
ホッとしました。
そして、これはダメだと思いました。
今回の仕事は断ろうと決めました。
入れば意外にやれるかもとは思いますが、自分の感じた違和感を重視しました。

ついつい通いやすさとお金につられましたが、何よりも病気が第一です。
これの改善を妨げるようなら、どんなに割のいい仕事だとしても私には意味がありません。
今、あえて不安な道を選ぶことはない。

なかなか都合よくはいかないものですが、また探してみます。
ブログタイトルに嘔吐やめてからの日数を記録することにしました。
私自身のために、自分の変化を見やすくするためです。


今日久しぶりにマクドナルドに行きました。
朝のメニューでドリンクとマフィンで250円というのがあってそれにしました。
カロリーを考えると、卵が入っていない方にしようかなと思いましたが、そのとき食べたいのは卵が入ったやつ。
その少し前におにぎりも食べていたので悩みましたが、食べたいものを注文することにしました。

コーヒーと一緒にマフィンを食べながら、だんだんうれしくなる自分がいました。
私はマクドナルドで落ち着いて食べている。
なんと、吐く予定なしで食べている。
誇らしい気持ちにさえなりました。

一緒に食べている相手は、まさか私がそんな思いを抱きながらマフィンをかじっているとは夢にも思わないでしょう。
それよりもいつもより小食だなと思ったかもしれません。
いつもなら一回一回吐くので私は常に食欲旺盛なのです。

嘔吐をやめて21日目。
少しずつですが、空腹具合で食べたい量が決まってくるということを実感している気がします。
最初の「食べたい!」という欲求の次に、お腹のすき具合に耳を傾けること。
今どの程度食べれば、苦しくならない程度に空腹が満たされるかを考えます。
それを繰り返すことで、徐々に感覚を養っていきます。

今回はおにぎりを食べていたので、小腹がすいた程度でした。
小腹がすいたし美味しそうだから食べたい、だから食べることを選ぶ。
これくらいは食べたい気がするから、このくらいの量を選ぶ。
こんな感じです。
そして、ゆっくり食べながら空腹感がちょうど良いかんじに満たされていくのを感じていました。

そのまともな流れをこのファーストフード店という状況でこなしていること。
それがとてもうれしかったのです。

私の中にはお腹のすき具合やおいしそうだという思いとは別に、もうひとつの声があります。
痩せたい私や不安な私の声です。
摂取カロリーと消費カロリーの計算に夢中になったり、昨日からの食べたものをひとつひとつ挙げて、とんでもなく太りそうな不安にかられたりする私の声。

そちらはなるべく聞き流して、腹具合を基準に食べていけるようになったら、さぞかし楽になるだろうなあ、と思いました。

イヤなことがあっても寂しいときや虚しいとき、不安なときでもそれができるようになったら克服と言えるのかなと思います。
ブログで過食メニューが書かれていると、とても食べたくなります。
心のどこかに「こんなにたくさん食べられてうらやましい」という気持ちがわいてきます。

「克服しよう」決心するときの最大の壁は、太る恐怖ともう一つが「もうたくさん食べられない」という寂しさです。
いつもそうでした。今回も。

この寂しさは本当はニセモノです。
過食によって作り出された欲求不満です。
それでも一度作り出されてしまうととても根強く残ります。

ふつうの満腹感とは別のルートで私を支配している感覚です。

これと同じ感覚に襲われるのが、スーパーなどでパンやお菓子の陳列を見る時です。
最初は冷静ですが、だんだんとニセモノの欲求が息を吹き返してきます。
あれとあれとあれ・・を買って、この時間に過食して、その後はこう処理して・・・。
条件反射で過食嘔吐プランがサクサクとできあがっていきそうになります。

そこまで行きそうになったら別の売り場に避難します。
無駄な葛藤はなるべく回避するに越したことはないです。

ニセモノですから、吐かないことを続ければ消滅するはずです。いつか。
治ったとしても、一生これに耐えなければならないなんてとんでもないと私は思います。
だから私は消えると信じています。
脳みそがまともになったら条件反射もなくなり欲求も消えるはずです。
ときどき夢みたいに「死ぬほど食べた~い」と思うことはあっても実践プランを自然と練ってしまったりということはなくなるはずです。

過食の克服と合わせていつも禁煙を思い出します。
禁煙本やネット情報を読み、ニコチン中毒の仕組みを理解して
「吸わなければ衝動はなくなる」という確信を支えに禁煙しました。
禁煙して1年もたてば吸いたい衝動自体がなくなりました。
目の前で吸われても、お酒が入っていても、「吸う」という選択肢はほぼ完全に消滅しました。
6年して再開してしまった時はかなりショックでしたが、この6年間の「衝動の消滅」の体験があるから再度禁煙に踏みきることができています。

過食もタバコもこういう面では共通点があるのではないかという気がしています。
もともと無かった欲求ができてしまって、それを回避し続けることでもとの何もなかった状態に戻る。


いつか消える。
この信念はけっこう励みになります。

活動することがあったり、仕事してなかったりで、だいぶ忘れていられる体型のこと。
でも、一度気になるといろんな不安がわいてきます。
太るし、運動の成果も感じられないし、なんだかなあ・・と落ちかけます。

たとえばパートなり仕事が決まったとして、この体で行きたくもない職場に一日中いることを想像すると、そのストレスが怖い。
帰り道食べたくて食べたくて帰ってくる自分が容易に想像できます。
そして過食嘔吐の渦へ・・・。

とにかく3か月、太ろうが苦しかろうが「吐かないこと」を守らないといけない身です。
私は食べることの初心者で、自分に適した食べ方も食べる量も知らないのです。
得た知識を実践して身につけていかなければいけない。
それには最低3か月かかるそうです。
それでやっと少しだけ変われるのでしょうか。

だから、忘れないように。
今の体型を気にすることは、この先生きていく上では無意味と認識することです。