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過食と私

摂食障害のブログです。過食症の克服を目指しています。

そういえば、過食できなくて寂しいと思わなくなっています。

全く思わないわけではないけど、あまり思わない。

誰かの過食メニューを見ても全く刺激されないこともあります。
やけ食いがしたいときも大量の食材を買い込んで過食したいとまでは思わなくなりました。

ここで油断して無駄食いを重ねたら、どこかで太る不安がはじけて過食嘔吐につながりかねないのでそこは要注意ですが。

過食できなくて寂しい、という感覚が残るととてもしんどいものです。
ものすごい楽しみを奪われたようにぽっかり穴が開いた気持ちなるから。

いろいろと悩んではいるものの、この寂しさがないだけで随分楽になったもんだなと今日気づきました。
吐かずに食べていたら意外に早く消えるものなのかもしれません。

よみがえらないように・・。
他人に腹を立てる時も、他人を心配する時も、他人を祝う時も、いつも自分に抱く疑問があります。

私は自分の自信のなさや、不安や、欲求を勝手に他人に重ねているだけではなないか。
他人と自分を混同してしまっているのではないか。

自信がないところを指摘されると相手に腹が立ち、憎む。
何か不安なことがあると他人にも同じ事を注意したくなる。
自分が幸せな時は他人の幸せも喜びたくなる。

自分の中でこの認識があいまいになると、
自分は自分を確立していると勘違いしかねません。

飽くまで客観的に他人を観察していると思い込んで
比較しすぎたり、共感しすぎたり、批判しすぎたりして
結果的に周りに振り回されてしまっていたりもする。

他人と自分を切り離しつつ、それでいて他人を尊重できればベスト。

自分には全くできていないように思うのすが。
全てが自己欺瞞のように感じてしまいます。

けれど一方で、人間て案外この程度のものなのかな、と思います。

私が本気で思い描く「立派な大人」には私はなれないと思う。
ただ、その姿を理想に抱き続けることだけはできるけど。




一ヶ月過ぎてから徐々にむしゃくしゃすることが多くなりました。
自分が嫌になってきました。
食欲もだらだらルーズに湧いてくる。
そして、やっぱり痩せないことが気になっていたりします。

「あーなんか虚しいぞ。これはやばいぞ。飽きてきたぞ。」

そこでちょっと落ち着いて考えてみました。

まずは体重のこと。
家での食事内容はそこそこ気を付けているものの、度々書いているように外食回数がかなり多いです。それに外食の時はけっこう好きなものを食べている。
さらに、趣味の関係で外出が多いとはいっても、無職はやっぱり暇も多いです。
好きな時にちょこちょこ間食してしまう環境にあります。
それに運動量も違うでしょうね。
そんな中で体重の変動がこの程度で済んでいるのだから、むしろ安定しているのではないかと思いました。

そしてむしゃくしゃのこと。
考える時間が多すぎることもひとつの原因。
毎日ブログを1、2件書き込んでいるというあたり、考えすぎの現れでもあります。
それに、お金の悩みが深刻になってきたことがあります。
働かなければどうしてもお金は減っていく一方なわけで、一ヶ月も過ぎるとそうのんびりもしていられなくなります
こんな状況ですからむしゃくしゃするのも当然といえば当然。

それらのストレスと、暇の多さとで食欲が増幅するのも、これまた当然の事。

そこに加えて自分は「過食症」という爆弾を抱えているのだから、健康な人とは違った不安もある。

冷静に分析してみれば、今の環境に応じて当然の現象が起きているわけです。自分に。

だから、「自分はダメかも知れない」ではなく、「状況が変われば変わるかも知れない」という方向へ考えをシフトしていってみようと思いました。

自分が見落としている事ってきっとたくさんあります。
自分は頑張っているのにって思っても、かたくなになって拒否している事とかもあるんですよね。
気づいていないけど。
もっと気づける人間になりたい。






体を動かして衝動を回避・ストレス発散。

単純な事ですけど、それをやってみました。

朝からむしゃくしゃ。
気になることがあってずっと憂鬱でした。

医者の言葉を思い出しました。
過食衝動の対処法。

「3食抜かない事、吐かない事、そして軽い運動」
「運動に固執することはよくないですが、回避の手段としてはわりと有効ですよ」


ウォーキング1時間。

確かに気分転換になりました。
ぐーっと悩みで押し進む一方だった脳みそが、ザッと一回後ずさった感じです。

こういう単純なことが大事なんですね。
行動のベクトルを別方向に向けるのが面倒だったり、単純すぎてついついあなどってしまったりするけれど。




趣味のはなし。

ある小さな団体に所属することにしました。
久しく所属とは無縁で活動してきたので、団体のルールがまだ飲み込めていません。
そう厳格な何かがあるわけではなく、「大人の常識」の範囲内で礼儀を欠かないようにしていればなりたつ関係です。
ところが、その「大人の常識」がよくわからないから困るのです。

当然払うべき気遣いに気が付かずに事を進めてしまい、手遅れになりかねない段階でそのことに気づく。
焦って、関係者に事のあらましを説明しますが、相手からしたらなぜに今更と思われても仕方がない。

実際は相手がどのように思っているのか、自分がどこまで不行き届きなのか、それが分かりません。

気を付けようと意識していても、気が付けないことがあって、正直お手上げだと思ってしまいます。

お手上げだからと言って放置して様子を観察してみるといったゆとりもなく、
何等かの解決が見えない間は気持ちがずんずんと不安に落ちていいきます。


時が過ぎてみれば、おそらく大した事ではなかったと思えるのです。
いつもそうだから。
けどその時は自分でも信じられないくらい重いものとしてのしかかってきます。
これが嫌でこの世界をなんども離れたくらいです。

人との関わりを持つと元気になれることもあれば、逃げだいたいくらいに苦しいときもあります。
今までは過食に支えられて、あるいは過食でごまかして、その波をなんとか越えてきました。

ひとまず目の前に小さな問題があって、それだけでもう食欲が暴走しそうになっています。

耐えるのみ。