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過食と私

摂食障害のブログです。過食症の克服を目指しています。

本日の昼食、パンにしました。

いつもはご飯です。
もともとパンよりご飯が好きで、過食以外でパンを食べることはほとんどありませんでした。
しかし、時々パンにしたいなと思うときもあります。
それでも、後々の腹持ちのことやつい食べ過ぎてしまうことを考えると少し怖かったりします。
それで結局はいつもご飯を選んで、食べてしまえばご飯で良かった思います。

私が食事改善の参考にしているダイエット方法はもっぱらご飯を食べるように勧めています。
その方法では、パン・パスタ類は満腹感を得にくく、暴食を誘発しやすいものだとしています。
それに従うことにして、一生というわけではないし、しばらくはどうしても食べたいのでなければパン食は封印しようと決めていました。

そういうわけで、本日久しぶりのパン食です。
母はブランチがいつもパンなので、それを見て美味しそうだなあと思ったのがきっかけです。
最初はご飯で食べるつもりでしたが、チーズのスクランブルエッグを作って、甘酢の人参サラダを準備した時点で、これはパンにコーヒーが断然合うだろう、と思い立ちました。

とてもおいしかったです。
たまにはパンもいいなと思いました。

けど、やっぱり最後はご飯が食べたくなって、一口二口つまみ食いしました。






やめようと思った飴玉。
ダメでした。
三日ほど我慢したけど、また徐々に数が増えてきました。

糖分のとりすぎが心配です。
できるだけ糖質ゼロのものを選んで買っていますけど、そればかりでもなく、
1日に10個以上なめたらさすがにマズイのではないかと。

私は普段甘いものを滅多に食べません。
お菓子類よりご飯やおかずが好きだからです。
だから飴くらいいいかな、などと言い訳しながらパクパク食べている。

糖分のとりすぎってどうなるのでしょう。
甘いものは飴だけだとしても、ほかの食材にも糖分は含まれているだろうから、
結局のところ私はどれだけ糖分を摂取しているのだろう。

昨日、本気で計算してやろうかと思い立ちましたが面倒になってやめました。
どっちみち、なんでもとりすぎは良くないと相場は決まっています。
計算する気合いがあるなら控えたろよって話です。

今もキーボードの横に飴玉が4つ。
今日はもうなめないのだ。








一番の勘違いは、食欲を意志でコントロールできると思っていた点だと思います。
コントロールできないのは意志が弱いからだ、とどこかで思っていました。
よくある思考パターンだと思います。

暴走した食欲はコントロールできない。
私はこの年になってようやく理解しました。
まさか自分がそのような状態になっているとは、分かっているようで実は分かっていなかった。
認識した今になって考えてみれば動物の本能ですから当然のような気もします。

自分の意志が通用しないと納得したところから、ようやく「吐かない」方針に本格的に踏み込めたのだと思います。
私の食欲は、体の機能を修繕して食い止めるしかないから。
それ以外に方法が絶対にないと思い知ったから。

今の世の中で、普通の大人は欲求をコントロールして生きているかのように見えます。
毎日きちんと働いて、自分のお金で自分の生活を賄って、社会生活を営んで、ひと様に迷惑をかけずに生きている大人像。
何らかの落とし穴にさえハマらなければ、実際に多くの大人がそうやってコントロールし続けて生きていけるのだと思います。
だからこそ成り立つ現代社会でもあるでしょうし。

多くの人は、欲求が暴走してしまって手が付けられない事態なんて想像もしないかもしれません。
だから、いざ何かのきっかけで欲求が異常な暴走を始めたときになかなかその異常に気づけないのではないか。
それを、自己制御の範疇外の暴走であると認識できないのではか。
そう考えることがあります。

例えば猛烈にいらいらしても、猛烈に眠くても、猛烈に食べたくても、猛烈にセックスしたくても、それは自分の意志が弱いからだ、大人げない、と自分をいさめるだけに終わる。
確かに自分の意志の問題である場合もあるでしょう。
しかし、中にはただの我がままではなく欲求が意志の制御を超えて暴れている可能性もあるかもしれない。
そんな時に自分の意志の弱さを責めてもおそらく何の解決にもならないでしょう。


私は、自分の病気を克服していく上で意志を強く持つ事は必要だと思います。
それは食欲に対してではなく、正しい情報を得ようとする意志だったり、自分を見つめなおそうとする意志だったり。
意志の使いどころを勘違いしてるころはほとんど前に進めませんでした。
たとえ失敗しても、ただ劣等感に流されているでけはいつまでたっても正しい情報は頭に入ってきません。
正確に自分の状況をとらえることもできない。

どんなに自分が嫌でもできるだけまっすぐな目で自分を見直す必要があります。
ひねくれてしまうと見方が偏るし、かと言ってやみくもに優しく見てやる必要もない。
ただ冷静に分析する。
悪いところは悪い、間違いは間違い、できたことはできた。
これは病気の部分、これは意志の部分、これはまだ分からない部分。

こうやって、自分が甘えているところ、もう少し頑張れそうなところ、無理しなくてもいいところ、しばらく甘えても許してやれるところ、などが自分なりに少しずつ見えてきます。
間違うこともあるけれど、ずっと続けていけば気づきも増えます。

私は、ただでさえ感情的でいろんなことをすぐに見誤ってしまいます。
なんとか感情をくぐりぬけて自分を冷静に見つめるようとしても、間違う事も多い。
時々疲れて思いっきり感情に身を任せてしまったりもする。
しかしやっぱり前に進みたいなら向き合わないと、と思い直す。

この先もずっとこうだと思います。







目覚めたとたんちょっとやけ食いしたい気分。
トイレに行きたいのも我慢して、ご飯をたくさん盛って、惣菜の残りとぱくぱく食べました。
何となく何も作る気がしなくて。

最初はどうでもよかった気持ちが、食べながら徐々に良くないなと思いました。

案の定、ご飯を2杯分は食べたのに満足感がありません。
もう一食分食べたいくらいです。
ヨーグルトとコーヒーでなんとか気持ちを落ち着かせました。

やっぱり適当な早食いは楽しくないです。
胃は膨れても満足しません。

こんな時もあってもいいけど、治療中の身としては気を付けなくては。
過食しなかったからセーフ。







面接に行った会社から不採用通知が来て落ち込み気味なところへ、生理がきました。

とても憂鬱なムードになっています。
やけに悲しい。

もう私は二度と仕事できないのではないか、とかのたぐいの被害妄想がちらつく。

私、生理ってやっぱりこうみたいです。

生理って面倒だし痛いしお金かかるし憂鬱になるし、いいことないです。
無いといけない事は分かっているけれど、なんでこんな現象あるんだろうって正直昔から思います。


この愚痴こそ、生理の影響かな。