いよいよ今日から夏休み。
朝から教室開けるので、早く寝なければいけないのですが、どうも最近寝つきが悪くて…💦
ネットてニュース見てたら、
巨人の選手・コーチ・スタッフが2日間で58人もコロナに感染したとのこと。
いい加減、コロナの扱いを真剣に考えなきゃいけないんじゃないですかねえ。
恐らくもう、普通に生活してる中で無症状の感染者と接触する機会なんて山ほどあったことでしょう。
というか、自分が感染していて、無症状で、周りにうつしていてもたまたま誰も症状が表に出ず、何事もなく時が過ぎてしまった可能性を否定できる人なんていないはず。定期的に短いスパンでPCR検査を受けている医療関係者の方々を除けば。
ジャイアンツの集団感染より、東京ドームに観戦に来てる人の中にどれくらい無症状の感染者がいるか、そっちにもっと想像力を働かせて、変えることは変えないと、「ウィズコロナ」なんて言葉、何の意味も持たない気がします。
そんなジャイアンツのニュースの、ずっとずっと下の方に面白い記事がありました。
タレントの麻木久仁子さんが、
「1円安い物を買うために30分もかけて家からスーパーに行く人の気が知れない」なんて仰っている記事です。
それに対するヤフコメ見てるとまた面白くて、
人にはそれぞれ価値観があるだろうとか、その人がその行動で満足感を得られるのならそれでいいだろう、とか。
まあ、麻木さんのコメントが発せられた状況がわからないので何とも言えませんが…
自分がどう思うか、と聞かれれば、
折り込みチラシ見て、おんなじ商品がこっちよりあっちのお店の方が安いなとか比べるの、暇つぶしになる時もあるし、家族との会話のタネにもなるので意外とやってるかも。実際、遠くても安いお店に行くかどうかはその差額や買いたいものの量にもよりますけど。
で、思ったのは、別に麻木さんの意見がどうこうとかじゃなく、そういうこと…つまり「効率」というものを考えて自分の意見をもつことは大切なのかなってことです。
勉強における「効率」にもいろんな価値観があるので、あくまで私個人の感覚ですが、学生時代に効率悪いなと思って嫌っていた勉強というか課題のひとつに漢字練習があります。
絶対忘れる可能性がなくて、テストに出ても間違いなく書ける自信のある漢字を、課題だからとらいう理由で決められた回数書くことに、いったい何の意味があるのか?
問題形式のプリントにして、出来なかったものだけ練習させるのは100歩譲って許せるけれど、書けなかったら10回書く、とかいうその10回にも何の根拠もないわけで、10回書いても覚えられなければやっぱりそれに費やした時間もムダだろうと思ってしまう。
でも、私に似た発想からなのでしょうが、学校の課題である「自学」として、この漢字練習を認めない先生もいるのですが、これも違う。
書けない漢字は書けない漢字は書けるようにしなければいけないわけで、そのために数多く書いて覚えるというやり方も、なくはない。
その成果を追わずに、ただ漢字練習はムダだから自学として認めない、というのは、ちょっと違う。
だったら課題としての漢字練習だって出しちゃダメでしょ😅
また麻木さん登場させて恐縮なのですが、つまり麻木さんが、1円安く買うために遠くのスーパー行く人の感覚が理解できないと思うのは勝手だけれど、
「そんなのムダだからみんなやめなさい」と言うのは違うだろと。
あ、麻木さんはそんなこと言ってません。たぶん。でも、「漢字練習はムダだから自学でやるな」と言ってる先生は、自分価値観だけを拠り所として、本来自分自身で考えさせるべき学習法について、ひとつの方法を勝手に否定してしまっているわけです。
よく、「勉強の仕方がわからない」という声を聞きますが、実はそれって勉強の仕方がわからないのではなく、勉強することの目的が定まっていないか、勉強方法に対する検証ができていないのどっちかなんです。
そこに対する意識が薄いから、実はいろんな勉強の仕方をしているのに、どの方法が自分に合うのかがわからないだけなのです。
言いにくいことばかり、人のセリフを引用してずるいなと思うのですが、
林先生は、
「勉強の仕方がわからないと言う学生はそもそも大して勉強していない」
と仰っています。
まずは短期的な目標を立て、やると決めたことをきちんとやった上で結果の検証をする。
このサイクルを繰り返して行けば、徐々に「効率」の概念も身についてきますし、「勉強の仕方がわからない」というセリフも吐かなくてすむようになると思います。
漢字練習というひとつの学習法で考えるなら、
課題だからって決められた回数書いておしまい、とかじゃなく、その結果、きちんと覚えられたかを検証することが必要。
10回で覚えられず、100回書いてやっと覚えられた。ここまでやって初めてこの漢字練習が「勉強」になるわけで、「効率」の検証材料にもなり得るのです。
覚えた、いう成果が伴っていなければ、10回書こうが100回書こうが検証もへったくれもありません。ドラえもんの絵を自学ノートに書いてるのと何ら変わらない、単なる落書きです。
最初はハードルをめちゃくちゃ低くして、できると思ったことをきちんとやってみることです。










