新幹線の公衆電話の存在意義は実は大きかった | HIDEKYUブログ

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 先日、新幹線の公衆電話サービスが6月末で終了とのニュースがありました。正直なところ、「あぁ、まだ電話あったんや~」みたいな感想を持たれた方、多いのではないでしょうか。

 携帯電話が普及する前、公衆電話は生活に必需で、自分の行動範囲の中に、どこに公衆電話があるかなどは、無意識のうちに気にしていました。ポケットベルが普及しだしてから、さらにその重要度は増し、公衆電話の地位は不動のモノと思っていましたが、今や、公衆電話をかけたことなど、ここ何年も記憶がなく、というより電話帳自体不要で自分がかける相手の電話番号も意識していない状況に、改めて驚かされます。テレホンカードなども、人々の記憶から消えていくのでしょうね。若い頃、友人たちと大阪駅で待ち合わせするときに「5連の電話ボックスの前に7時なぁ」なんて、その頃の待ち合わせの目印に電話ボックスを使っていたことを懐かしく思います。

 さて、新幹線の公衆電話に話を戻します。こちらは今は無き300系新幹線の公衆電話です。

 ニュースでは東海道新幹線での電話サービスが始まったのが、昭和40年からということでしたので、開業から1年後やったんですね。当時は新幹線から公衆へもかけることできたし、公衆から新幹線へもかけることが出来、その場合はビュッフェのクルーから車内放送で呼び出しして繋いでいたそうです。私は使用したことなく、テレビなどで見たぐらいで、あれは自分らとは違う世界を生きている人が使うものという感覚でした。それがカード式公衆電話が普及し、電話料金の回収業務が不要となったことで、新幹線をはじめ、在来線特急などにも設置され始めました。とくに阪急京都線特急の6300系にカード式公衆電話が設置されたことは強烈に印象に残っています。

 今回の公衆電話サービスを終了する背景は、「携帯電話の普及」と「携帯電話が新幹線のトンネル内でも使用できるようになったため」との理由で、以外やったのが、トンネル内でも通話可能な電話としての存在意義があったということです。私は営業職の経験など無いので、あまりピンとこないのですが、大事な電話とかだと携帯電話を使用せずに列車の公衆電話を使用されていたことを改めて知りました。それが在来線のカード式公衆電話が消えていく中、新幹線には生き続けていた理由やったのですね。そして新幹線の公衆電話の使命は完全に携帯電話へ引き継がれることになります。長い間、お疲れ様でした。

 

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