先の投稿記事《12現場目「国指定名勝・海地獄」長屋門、ビフォア&アフター」》に関する追記です。
上であげた2枚の写真(工事前・工事後)ですが、見ての通り棟の形式が思いっきり変わっています。
「どちらが格好良いか」という比較ではなく
「どちらがこの土地の伝統や風土に合っているのか」。
この点を検証できるような資料がないものか、、
と考えておりましたところ、たまたまネット上で数十年前の写真を拾いました。
それを見た瞬間、わたしは「うちの三苫親方、やっぱすげええええぇえ..」
( ゚-゚) ( ゚ロ゚) (( ロ゚)゚ ((( ロ)~゚ ゚
と。
というのも、クライアントからは棟の形式については一切指定されてなかった。
しかも、事前打ち合わせで親方が見せた完成パターン写真も、チラ見しただけで
「棟梁にお任せするから。良いの作ってくれればいいから」と繰り返すだけ。
こういうのが一番難しい。
でも親方は何の事前調べもせず、大胆に豊後風の屋根に作り変えた。
[a]今回親方がつくった屋根↓

[b]工事にあたる前の別の業者さんによる屋根↓

[c]そのもう一つ前、昭和後半頃?の屋根↓

(別府観光サイトより)
棟(屋根のてっぺん)のつくりに注目。
よくみると、aとcの棟のスタイルがほぼ同じことに気づきます。
これはいったいどういうことなんだ!?
こういった昔の資料も一切無くクライアントからの指示も一切うけてない状態で、何の痕跡もない元の形状を復元したというのか?
ひと昔前のこの門の姿を彼は自分の記憶のなかで覚えていたのか。
はたまた経験測から来る適切な判断力なのか、野性の直感か?
もしくは神の遊び、何かの偶然か。
うーーむ













こんなの出ていて変だなと思った。