この辺りの記録は、馬鹿みたいに細かく書いておくことにする。
後(世)で、誰かの役に立つかもしれないからだ。
UAEのエティハド航空で低価格な航空券を見つけたので、ドバイ(実際はアブダビですが、分かりやすいのでドバイと書いています)経由という遠回りのコースで行くことにした。
パリ行きでこの経路を利用する日本人は少しお見かけしたが、乗り換え後の[ドバイ→ブリュッセル]の便の機内は満席のなか日本人は私1人だけでした。(キモノで来るべきだった!)
ちなみにエティハド航空は国際的な評価が非常に高い航空会社で、2012年も世界中の数ある航空会社のなかで最優秀賞を受賞している。

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さて体調の変化だが、
前回記事のセレニウム摂取によって、思考力・集中力だけは戻ったものの
全身に出ている他の症状にはあまり劇的な回復は見られなかった。
しかし、今回の移動中またひとつ劇的な回復があった。
ドバイを発ってちょうど黒海のあたりを飛んでいた時だ。
(時間的には離陸から4時間20分の時点)
それは、毎日目の覚めた瞬間に全身の細胞隅々までにジュワッと拡がる、あの「とても気持ち好く」「活力の源のような」体内物質の分泌との再会、いや再開だ。
(昼寝で得られるアレだ)
それが暗黒の2ヶ月を乗り切って再び僕の身体に戻ってきた。
最高に幸せで、ひとり機内で心底ニヤニヤしていた。
もう気分爽快。
安心した。機能自体が壊されてしまったわけじゃなかったんだ。
【以下蛇足】
そう、
生まれてから今年の9月下旬まで、これが普通だったんだ。
毎日最高に気持ちよく目覚める身体。
朝の充足感。
ずっとこうだった。
見えない「何か」が正常な身体機能を阻害していたんだと、ここで初めて気づく。
しかも
そんな「ふつう」を得るために、ここまでしなければならなかった。
いまの仕事や土地、夢、仲間から離れなければならないという現実。
しかし
(僕のケースでは)そこにいたら「しごと」も「からだをうごかす」こともままならなくなってしまったわけで、国外脱出は当然の帰結なのだが。
幸か不幸か、現代でも戦争・紛争・食料難等のある地域においては、この生き延びるための本能を生まれた時から必然的に養うことになってしまうでしょうし、少し前の日本もそうっだったと想像します。
でもまさか自分にその本能の最優先に位置する「いのちをだいじに」を発動せねばならない日が訪れるなんて想像していなかった。
【参考】
僕のケースでは、症状がゆっくり進行したために、失われていく身機能を見過ごしてしまっていた。
「あれ?ちょっと今日はだるいかな?」みたいのが続くだけなのに、ひと月もすると重大な症状になっている。
しかも本人は症状の起点も原因もわからない(マスメディア各社のご尽力によることもあり)。
これがもっとも怖い点なのである。
一度地理的な移動を試みるとよいです。ちょっと前まで普通だったこと(今考えると幸せだったこと)を思い出します。
【Memo】
東京→ドバイ間の機内は日本の空気も入っているでしょうから、ドバイに降り立った瞬間が
実際に日本からの放射能汚染の影響が薄くなった位置であると考えてみる。
計算すると、
ドバイでのトランジットに4時間
+
ドバイ出発から約4.4時間
で、汚染区域から離れること8~9時間で症状が緩和され始めると見て良いかと思われます。
※九州瓦礫焼却前における[関東→九州]間移動時は、上の数字の約半分だった気がする。4~5時間で甲状腺の腫れが引きはじめた記憶がある。
* * * * *
以上、欧州到着12時間後ベルギーにて(現地時間で朝の7時)
【現時点での体調】
まだ頭が少し痛いが、それが長旅・時差によるものなのか不明瞭。
心臓の痛みは全く消えている。
甲状腺はまだ腫れているが、食欲がでてきた。
