24歳にして糸井財閥を破産させた男 | 資産管理の不安を減らして、創造的な100年を生きる【白鳥光良の Work Life Fusion】

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糸井重里氏は私の一撃で破産した。 


といってもそれは現実の世界で起きたことでもなければメタバース上で起きたことでもなかった。モノポリーという世界的に有名なボードゲームの日本選手権で生じた場面だ。


今から25年前に新卒でアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社した私は、新入社員でありながら新しい仕事にキャッチアップするための勉強をサボっ・・・休日の気分転換に出場したモノポリー日本選手権の東京予選で279人中3位になって秋の決勝大会に進出した。一方、糸井重里氏はモノポリー協会の会長としてスーパーシードで決勝から出場。そして30人が参加する決勝大会は計2ゲームやって上位5人が最終決勝卓に進めるのだが、私の1ゲーム目は5位(ビリ)。糸井氏も1ゲーム目が5位だったようで、2ゲーム目が同テーブルになったのだった。初めてお会いした糸井氏は「ずっと楽しげに話し続けてる人」だった。「1回戦みんなビリだったんでしょ。もう望みがないから気楽に行こうよー」みたいな緩いことを言ったり、「きょうはかなり引きが弱いな〜」みたいな独り言を話し続けてシリアスな勝負の場を和ませていた。


モノポリーをひとことで言えば土地を買い集めて建物を建てて儲けた人が勝てる「不動産投資ゲーム」である。当時の私は「将来の自分は不動産投資のサポートにも深く関わる仕事をする」とは1ミリも思っていなかったが、既にこういう世界への適性があったのだろう。私は東京予選の前に(人間と対戦するヒマは全然なかったので)モノポリーのゲームソフトを買って研究して勝ちやすい戦略を確立していた。それは、他のプレイヤーとの交渉において「相手が少し得した感じの取引を数多くまとめる」ことだった。個々の取引においてはメリット感が「自分4、相手6」でも、それを4回行うと累積メリットが「自分16、他の人6」になって圧倒的な優勢を築けるという仕組みだ。具体的には「この2つのどちらか要りませんか?」と人気のカードを渡す代わりに、地味なカード2枚と適度なキャッシュを貰って純資産が数百ドル高まる取引を最善とする。このような交渉や取引を3人くらいと行うと、その相手のうち誰かが同じカラーの土地を3枚揃えて家を建て始めたりするのだが、そのときには市場に出回っている(自分以外が持っている)キャッシュが少なく現金の価値が高いデフレ状態になっている。マネーサプライが減少している。実は白鳥銀行による金融引き締めが進行していた。このような状況では急激に成長する開発地も実は少ない。それでもやがて金欠で飛ぶプレイヤーが出てくる終盤に入るので、そのタイミングで私は潤沢なキャッシュで黒田総裁のような猛烈な買いオペを実施して一転して不動産を買い漁る逆襲を開始、中盤までに作りだした純資産の多さで体力勝ちするパターンに持っていくのだ。


東京予選ではこのハイパーデフレ戦略で2回大勝できたので好成績で勝ち抜けたが、日本選手権の決勝1回戦ではさすがに交渉が早くて頻繁な猛者が多くて、モノポリーの猛者たちが作る流れに飲み込まれて様子見をしているうちに負けた。決勝2回戦は交渉が早い猛者が少ないうえにサイコロの目に恵まれて、勝ちを争う2強に入れた。そしてその瞬間はやってきた。サイコロを振った糸井氏は「あちゃー」と言いながら私が建物を建てている土地にコマを進め、賃料債務を履行できずに破産した。こうして私は24歳にして「糸井重里を破産させた男(笑)」になったのだった。その当時の日本選手権の順位などの記録は、まだこちらのページに残っていた。懐かしい。